育休が明け、Tさんは職場に復帰した。夫との関係はさらに悪化し、心身へのストレスからか、頭痛や腹痛で会社を休みがちになっていく。夫も以前にも増して仕事が忙しくなり、イライラが募っている様子だった。
「そんなにつらいなら死ねば」
息子が2歳になった頃、Tさんにとって決定的な出来事が起きた。
体調が悪く、自宅でふせっていた時のこと。「そんなにつらいんだったら死ねば? そこに縄をくくってあげるから」。そばにいた夫が放った、衝撃的な一言。Tさんの中で何かが弾けた瞬間だった。
「この人は何をするか分からない」。直前に起きた「事件」も鮮明に脳裏に浮かび、Tさんの不安をかき立てた。
「やるか、やられるか」
その「事件」とは、関係の悪化に耐えかねたTさんが、離婚の話し合いを夫に持ち掛けた時に起こった。夫は話し合いに応じるどころか、用意してあった離婚届の息子の親権者欄に夫の名前を勝手に記入し、役所に出しに行こうとした。
慌てたTさんが止めて事なきを得たが、夫への不信感は膨れ上がった。親権とは子どもの監護や教育を行ったり財産を管理したりする権利・義務のことを指し、離婚後の単独親権制度を採用している日本では、離婚後はどちらか一方の親しか子どもの親権を持つことができない。
「もし私に危害を加えられたら、もし息子が夫に連れ去られたらどうしよう」。夫の昼寝中に震える手で身の回りの物をバッグに詰め、Tさんは息子を連れて東北地方にある実家に向かった。
家を出る際、頭に浮かんだのは「これは『子どもの連れ去り』で、違法行為ではないだろうか」ということだったとTさんはいう。一方で、現行の法制度の下では相手に先に連れ去られたら子どもとなかなか会えなくなり、親権を得ることも非常に難しくなる、という「現実」も知っていた。
「やるか、やられるか」「子どもを連れ去られたら法も誰も守ってくれない」。Tさんは追い詰められていた。