西島秀俊と芦田愛菜。実績と知名度で日本を代表する二人が父と娘を演じる。
西島の演じた夏目俊平は元指揮者だ。若くして海外でも頭角を現していたが、四十五歳の副指揮者のとき、トップの急病で名門楽団の指揮者(マエストロ)として成功をおさめた。
しかし娘の響(ひびき/芦田愛菜)は、ヴァイオリンのコンクール会場を抜けだし事故にあった。以来、俊平は指揮台に立たず、ウィーンの音大の職員となる。それから五年。響は父に心を閉ざし、母の志帆(石田ゆり子)が育った静岡県の晴見市役所に就職する。
売れっ子画家の志帆はウィーンから俊平を日本に呼び戻す。折しも晴見市では赤字財政で市民オーケストラが解散の危機にあった。
あわよくば、元世界的指揮者の俊平を復帰させて市民フィルを存続させ、父と娘も和解させようという意図が妻にはあったのか。
市議会で助成金の打ち切りと三か月後の廃団が決まった市民フィルの空気は淀んでいる。そこに爽やかに現れた元マエストロ。ベートーヴェン先生の「運命」を、楽譜を仕舞って目をつむり、勝手に演奏しようと提案する。
ともかく明るく優しい聡明な俊平に導かれて団員たちは活気を取り戻す。そして俊平が「運命」を指揮したコンサートを偶然に観た高校生の谷崎天音(當真あみ)はクラシックなど聴いたことないのに、俊平の姿を目にし、「指揮者になりたい」と押しかける。
十代で天才チェロ奏者と呼ばれた羽野蓮(佐藤緋美)は、母の名声欲をむき出しにした売り方に反発して、いまは父の硝子工場を手伝い、表舞台には出ずにひっそりチェロを弾く。
蓮を俊平が訪ねる。「君のチェロが好きだから、君にレッスンをしてもらってバッハ先生を弾きましょう」と誘う。押入で見つけた息子の古い鍵盤ハーモニカを持参し「無伴奏チェロ組曲第六番」を吹いてはダメ出しされ、楽しそうに吹き直す。この掛け合いが素晴らしいの。西島秀俊って、いい表情するなあ。
クラシックなんてほぼ無縁の私も楽しく観ている。ベートーヴェンの「運命」とか「第九」は苦手だし。圧が強いでしょ。でも晩年のピアノ・ソナタや弦楽四重奏曲は三十歳ころに憑かれたように聴いた。吉田秀和さんの本のおかげだ。
五味康祐氏も弦楽四重奏曲について「家人の寝しずまった夜更けに、独り台所へおり、冷めた飯をありあわせの菜(さい)でぼそぼそ食べるとき、人間は空腹になればこうもいじましいものか、これが生きるということか。そんな感慨をおぼえる人はいないだろうか?」と記している(『五味康祐 音楽巡礼』)。剣豪小説家として成功した人にこう書かせる力がベートーヴェンやバッハにはある。
INFORMATION
『さよならマエストロ~父と私のアパッシオナート~』
TBS系 日 21:00~
https://www.tbs.co.jp/sayonaramaestro_tbs/