Q 48年逃走していた「桐島聡」…何者なのでしょうか?
1970年代に起きた連続企業爆破事件の1つに関わったとして指名手配された「東アジア反日武装戦線」のメンバー、桐島聡容疑者とみられる男が現れたとのこと、「交番でみたことある顔だ!」と大変驚きました。
事件当時を知らないため、今ひとつピンとこないのですが、そもそも、いったい何をした人なのでしょうか?(30代・男性・会社員)
A 容疑は爆発物取締罰則違反。もしすぐに逮捕されていたら…
当時の日本社会の状況を知らないと理解できない事件ですよね。1970年代の日本では爆弾テロが相次いでいたのです。
当時の日本ではベトナム戦争に佐藤栄作内閣が協力していると反発したり、安保条約に反対したりする学生たちが次々にストライキに入り、学生運動が盛り上がりました。学生集会にはすぐに数千人から数万人が集まり、機動隊と衝突して機動隊が催涙弾を発射したりしたものです。
学生運動が盛り上がったことから、「革命が近づいた」と勘違いした過激派が街頭闘争を繰り広げましたが、結局は学生運動では世の中が変えられず、挫折感にとらわれた若者が多かったのです。
そこで学生運動とは一線を画して爆弾闘争を始めた組織がありました。それが「東アジア反日武装戦線」です。彼らは日本の企業が海外に進出していく様子を見て、「日本帝国主義のアジア侵略だ」と考え、企業に対する爆弾テロを始めたのです。
でも、きちんとした組織ではなく、「狼」「大地の牙」「さそり」の3つのグループに分かれて、別々に行動しました。桐島聡容疑者のニュースの際、三菱重工の爆破事件の映像が流れたものですから、この事件に彼も関わったと誤解した視聴者が多かったようですが、この事件を起こしたのは「狼」で、彼が所属したのは「さそり」。
彼が関わった事件は、東京・銀座にあった「韓国産業経済研究所」のビルに爆弾を仕掛けて爆発させたものでした。容疑は爆発物取締罰則違反だったので、もし事件後すぐに逮捕されて裁判が行われていたら、とっくに刑期を終えて社会生活を送れていたはずでした。
また、通常なら時効になっているはずの事件ですが、共犯と疑われる仲間が海外に逃亡しているため、時効が停止していたのです。
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