「魚の焼き物、煮つけ、海鮮丼に合います。さらに汁物や野菜の煮物にも。タレの原料に使っている豚カツ店もあります」と話す。
2度の福島県沖地震でダメージを負った「かんのや」
相馬市の港町といえば、松川浦が有名だ。小島が点々と浮かぶ景色が、宮城県の松島をほうふつとさせる。江戸時代には旧相馬藩主も遊んだ。
松川浦で旅館「かんのや」を経営する管野拓雄さん(65)は「うちの名物は相馬沖で獲れた常磐物のイシガレイの煮つけです。山形屋商店の別上でないと味が決まりません。特産のホッキ貝を使ったホッキ飯も、別上を使うからうちの味になっています」と語る。
港町の声を味に反映させてきた醤油だから、浜の料理にはよく合うのだろう。
管野さんは、山形屋商店の連続受賞に勇気づけられた一人だ。
かんのやは2度目の福島県沖地震で極めて大きなダメージを負った。陶器製の洋式便器が根もとから引きちぎれるほどの強い揺れで、崩落した天井から曲がりくねった鉄骨が見えるような状態だった。
営業再開には大規模修繕が必要だった。が、被災続きで借金が膨らんでいた。「もうこれ以上は借りられない。どうやって修繕したらいいのか」。管野さんは途方に暮れた。
休業中は貯えを取り崩して暮らした。そして「もう預金が底をついてしまう」というギリギリの状態にまで追い詰められた。補助金の適用条件が緩和されたこともあって、被災から1年以上が経過した2023年6月に営業を再開できたが、心の支えになったのは渡辺さんが奮闘する姿だった。
「蔵が全壊して他人の心配をする余裕などないはずなのに、『私も頑張りますから、一緒に頑張りましょう』と声を掛けてくれたのです」と管野さんは微笑む。
取材に訪れた時、管野さんは「まだ借金の利息しか返せない状態なんですよ」と話していたが、日本一の醤油を使った魚料理が復興への足掛かりになるに違いない。
使用済みの空き瓶と一緒にお客様の声も回収
ところで、渡辺さんはなぜ港町の人々に声を聞くことができたのか。これは小さな蔵ならではの営業スタイルに理由があった。
別上は一升瓶でしか販売してこなかった。配達が基本だ。新しい醤油を届ける時、集金かたがた空き瓶を回収し、洗って再利用している。このため顧客とは必ず話をする機会がある。そうした時に本音で味の感想を聞いてきた。時には厳しい評価も受けたが、そのたびに奮起した。
空き瓶の回収は酒瓶も対象としており、「『ゴミになるのを持って行ってくれる』と喜ばれています。このため持ち帰る瓶は配達時の1.5倍に増えるのが通常で、これまで一升瓶を買ったことはありません」と渡辺さんは笑う。