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 世の中では、一升瓶不足が大問題になっているのに、どこ吹く風である。

 一升瓶不足はコロナ禍が原因だ。飲食店が打撃を受けて、酒瓶の需要が激減。メーカーが製造を止めるなどしたせいで、今度は足りなくなった。出荷を一時見合わせる酒蔵があったほどだ。

震災の混乱の中、清酒は福島県の金賞蔵数が全国2位に

 話を全国醤油品評会に戻そう。渡辺さんは2023年、自身の受賞以上に嬉しいことがあった。

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 大臣賞、大臣官房長賞、優秀賞に選ばれたのは全国で計50点だが、そのうち10点が福島の醤油だったのだ。入賞点数では日本一になった。

 原動力になったのは、東日本大震災後に続けてきた勉強会だ。

 福島県内の醤油蔵は震災による損傷だけでなく、原発事故による風評被害も加わり、軒並み大打撃を受けた。

 そうした混乱のさなか、福島県醤油醸造協同組合の醤油工場で工場長を務める紅林孝幸さん(53)は驚くようなニュースを耳にした。醤油ではなく、清酒である。2011年5月に開かれた全国新酒鑑評会で、福島県は金賞を受賞した蔵の数が全国2位だったのだ。その後、福島県の金賞蔵数は9年連続で日本一となる。

 この時はまだ震災発生から2カ月しか経っていなかった。

「鑑評会が予定通り開催されたというだけでも驚きなのに、酒蔵はよく出品できたものだ。しかも全国2位という好成績を残すなんて……。同じ醸造業界なのに、下を向いている場合じゃない」。紅林さんは行動を起こした。

紅林さんの呼び掛けで勉強会を開始

 着目したのは福島の清酒がどのようにしてレベルアップしてきたかだ。

 いくつもの試みがなされていたが、そのうちの一つに高品質清酒研究会があった。通称「金とり会」、全国新酒鑑評会で金賞を取るための会である。1995年から酒蔵の代表が定期的に集まり、門外不出としてきた技術を披露し合って、切磋琢磨してきた。互いがライバルの酒造業界では珍しい取り組みだった。これを醤油業界でも応用できないかと考えた。

「皆で集まろう」。2011年10月、紅林さんの呼び掛けに17社の醤油蔵が集まった。

 これ以降、勉強会を年に2回のペースで開き、自社の醤油を持ち寄って批評し合ったり、大臣賞を受賞した醤油を取り寄せて研究したりした。渡辺さんは初回から加わった。

 当時の山形屋商店は大きな曲がり角に差しかかっていた。