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2018/04/30

山形は日本の縮図なんです

――いままさにお話に出た「デザインによる問題解決」というのが、芸術系大学でデザインを学ぶ学生に求められる。

 東北芸術工科大学は山形県の山形市にあるわけですが、この街はまさに日本の縮図なんです。郊外に大型スーパーができて、駅前が廃れ、街が空洞化していくということひとつとっても、人口減、高齢化にしてもそうです。単なる大自然に囲まれた、美しい東北というわけではありません。

 だからこそ、その地域の中で私たちの大学がクリエイティブの力をもって果たしていく役割が重要です。

 たとえば、駅近くの古い旅館を改装して学生が住むアパートにする。おばあちゃんが一人でやっている本屋さんを本屋カフェにする。あるいは空き家を子育て世代に向けてリノベーションする。そういう事例をいっぱいつくって、街自体をキャンパス化しています。

 行政や銀行から持ち込まれる案件もたくさんあります。たとえば、銀行が融資している農業法人や小さな町工場などで、技術力は高いものの、製品がマーケットにうまくのらないというときに、学生がアイディアを出す。そうやって新しい商品やサービスを生み出したりしています。

中山氏がパッケージをデザインした「山形のもも」 ©杉山拓也/文藝春秋

 あとは、企業から直接持ち込まれる産学連携事業も沢山あります。たとえば、ダンボールの会社から、輸送用だけでなく、家具をつくれないかという依頼が来て、学生とデザイナーが一緒に考えたりもしました。もちろん、これらにはデザイン費用も発生するので、学生には報酬も支払われる。とてもリアルな学びです。

 27年前の開学当初は、突然山形にできた謎の芸術大学だったでしょうが、次第に山形が実験フィールドとなり、学びの場所となり、いまでは地域の活性化に一役買うことができ始めています。

――芸術大学を出ても、アーティストになれるのはほんの一握りの人たちです。けれども、芸術大学の必要性もあるわけですね。

 デザインもアートも、プロになれたか、プロになれなかったか?が、ずっとひとつの判断基準でした。でも、実は、すごくレベルの高いアマチュアをたくさん育だてたり、一般のさまざまな分野にクリエイティブな卒業生を送り出すほうが、よりイノベーティブな社会に繋がると考えています。

©杉山拓也/文藝春秋

 実際に、絵を描いていた学生が芸術大学を出て、そのままプロの画家になるというのは本当に一握りです。絵が上手いからプロになるというよりは、そこを目指して地道にやるかどうかということ。当然時間もかかります。多くの学生は、卒業後絵を描くチャンスは失っていくのですが、主婦になっても、農業を継いでも、芸術を学んだ人はやっぱりずいぶんとアイディアが違うんですね。芸術の学びは探求の学問であり、客観性が養われる学問です。本当はいろんな仕事に広く生かせる技量なのです。