さりげなく米澤が問う。
「親父はいるの?」
「いるよ。今日カメラが来るって聞いたから緊張してるんじゃないかしら」
「あっそう」
それきり車内の2人は妙に静かになった。気になって、「お父さんは喜んでくれますかね?」と聞いてみると、「いやあ……」とお母さんは何かを言いかけてやめてしまう。米澤も説明してくれない。その反応にこちらが戸惑っていると、ほどなく車は住宅地の一角に止まった。
試合の結果を聞いた父親の反応は…
幾分緊張した面持ちで米澤は玄関を開ける。
「ただいま」
「おかえり」
迎え出た父親は、カメラを抱えた取材者に愛想を振り撒きながら、荷物を運び込む息子を黙って見つめていた。やがて半ば社交辞令のように尋ねた。
「試合どうだった」
「勝ったよ。2ラウンドKO勝ち」
「KO勝ちしたの?」
「そうだよ」
「へー」
たったそれだけの反応で父・良雅は家の奥へ引っ込んでしまった。何か不思議な空気だ。残された米澤も挙動不審で、
「何しよう? 何するんだっけ? ああ、そうだ。飯、飯食おう」
所在なげにうろついている。久しぶりの実家なのにくつろぐどころではない。こんな調子なら疲れているだろうに、どうして実家に帰ってきたのかよくわからない。
「あなたはボクシングには向かない!」父親の言葉にぐうの音も出ない米澤
母・折江は息子のためにキムチ鍋を用意していた。そして乾杯だけ撮影して、一緒に食べましょうと語りかけてくる。なんだかこれから始まる食事風景を撮られたくない様子だ。父は父で、息子に日本酒を勧めても飲んでくれないので、こちらを晩酌相手にしたがっている。ここで断るとマズそうな雰囲気なので、カメラは多少ふらつくが飲んだ。キムチ鍋もお相伴にあずかった。
食事が始まり、30分もした頃だろうか。口火は父の方が切った。だいぶ酒が回った様子で、今回の試合について米澤に問う。
「KOはラッキーパンチだったの?」
厳し過ぎる一言だが、米澤はすぐに切り返す。
「ラッキーパンチかどうかはあれだけど……」
「今、何勝何敗なの?」
「6勝6敗2分け」
「6敗はなんで負けたの?」
「それは僕の防御の時間が長過ぎるから。やっぱり受けに回ってると印象も悪いし、これからそこはなんとかしようと思ってるんだけど」
「いやそれは、あなたの性格。あなたは優し過ぎるから、ボクシングには向かない!」言い残して、トイレに立ってしまった。米澤はぐうの音も出ない。