「チャンピオンになれば食えるの?」容赦なく続く父親の正論
母は心配そうに「お父さん、酔っ払ってるんですよ」とこちらにフォローするが、トイレから帰ってきた父はさらに続ける。
「だいたいさ、チャンピオンになれば食えるの?」
「いや、日本チャンピオンじゃ食えない。やっぱり世界に出ないと」
「じゃあさ、どうしてやってるの? 食べられなきゃ、ダメでしょ? あなたもいい年なんだからさ、いい加減まともな職に就いて、家庭を持つとかさ、まじめに考えないとダメなんじゃないの?」
米澤も必死で切り返す。
「いや社会的に言えば、僕は不適合って言われるかもしれないけど、僕は僕なりにちゃんと仕事もしてるし、人様に迷惑をかけてるわけでもないし……」
「あなた、人からお酒飲もうと言われたら断るんでしょ?」
「もちろん」
「社会人ならさ、付き合いとかいろいろあるでしょう?」
「いや、それとこれとは別だから」
「だからあなたはアルバイトなんだよ。アルバイトだからそんなこと言えるんだよ。いい加減に仕事を考えてる証拠だよ」
「だからボクシングが今の僕の仕事なんだって」
「食えないのは仕事じゃないだろう?」
ヤケクソのように日本酒をがぶ飲みする父は容赦なく息子の痛い所を突いてきた。どこまでも正論だった。米澤の“思い”は、父に伝わりそうもなく、際限なく2人の口論は続いた。
夢を諦めざるを得なかった父親の人生
母は、カメラを止めるように伝えてきた。
父が息子に生活を正せと怒るのもわかる。けれど米澤はちゃんと自立し、親にお金を無心しているわけでもない。あそこまで追い込まなくてもいいじゃないかと僕は米澤の肩を持ちたくなってしまう。なぜ、ああまで否定するのか。僕は後に父の話を聞いた。すると、父は父なりの夢を持ち、それを諦めざるを得ない人生があったことを知った。
父・良雅は昭和20年、東京都江戸川区に生まれ、4人兄弟の末っ子として育った。中学1年生の時に父が脳溢血で亡くなり、母が小学校の給食のおばちゃんをやりながら、女手1つで4人の子どもを育て上げた。
良雅は小さな頃から、外洋を走り回る船乗りになるのが夢で、商船大学を受験したが失敗する。その時、母は息子に“安定した”職に就くよう説得。浪人させるほどの経済的余裕もない上、これ以上生活の苦労をさせたくなかった。姉2人はそんな母の思いを受けて公務員になり、兄はセイコーという大会社に勤めた。
そして、そういう家族に囲まれた末っ子に自分の意志を貫くことなどできるはずもなかった。