「言いたかったのは、このような対極的な資質をもつ小田さんは、自身でもいろいろな自分に出会うでしょうし、そんな対極の狭間から小田さんの表現は生まれているのではないかな、そんなふうに思ったものでした」
振り返れば、初めての取材当時、この人はどんな人物なのだろうか、そう探る思いがすごく強かったように思う。それに対して、今回、評伝を書くことになり、私は小田さんが実際に歩んだ道を、ポツンと呟いた言葉を、できるだけ具体的に拾い、ご自身はもとより、その時のスタッフや仲間たちの証言によって描いていくということを目指した。言葉をかえれば、どんな人物なのか、もうそんなことはわからない、わかるほど、人間は単純ではない。ある意味、当たり前のことだが、私が歳を重ねたからなのか、そう思うようになっていた。
特有の“無常観”
ところで、この本の特徴の一つが、音楽人生を辿る評伝の間に、2022年のツアールポの原稿を入れたことだ。この構成は、突然、思いついた。評伝の流れを中断するのではとの危惧もあったが、むしろ小田さんのなかに流れている時間をごちゃまぜにしてみたい気もした。実際、小田さんはツアー中、ご自身が辿ってきた時間を自由に往来しているようなMCを盛んになさっていた。小田さん特有の“無常観”であり、“時間旅行”である。
楽屋話になるが、タイトルは最後の第10章を書く前に、ようやく考えた。当初、「空と風とナカマ 小田和正の世界」と浮かんだ。私は小田さんの「ナカマ」という歌も好きだし、小田チームも含め、小田さんにとって、ナカマは重要である。ただ、ちょっと抵抗もあった。結果、「空と風と時と 小田和正の世界」。「時」を提案してくれたのは編集サイドだが、小田さんが「時」に対して、少年時代から“無常観”ともいうべき特有の感性をもたれていることは、最初の取材時から強く感じ、楽曲にも色濃く反映されていることは原稿にあり、それを掬いとってくれたと感謝している。もう一つ加えれば、今回も、小田さんから「きれいごとを書くなよ、面白おかしく書けよ」と言われたが、今回はその言葉通り、少しは面白く書けたのではないか、そう自負している。
原稿を書き終えた段階で、小田さんの事務所FAR EAST CLUBの副社長、小田和正の名参謀ともいえる吉田雅道さんから、会報誌『PRESS』に「書き終わっての思いを書いて」と頼まれた。実は私の前に、担当編集者の伊藤淳子さんがその課題を果たしていた。伊藤さんはお母様の影響で、小学生のころからの熱烈な小田和正ファン。その経緯や思いを書かれていた。今回の本に収められた21ページにも及ぶ年表「小田和正バイオグラフィ」を作ったのは伊藤さんだが、その情熱の根っこを知る思いだった。
それに比べ、私はといえば、子どものころから、誰かのファンというものになった経験がない。もちろん、オフコースの楽曲も小田和正さんの楽曲も大好きだが、ファンとは違うと感じている。ここでファンとは何かを論じることは避けるが、「ファン」なる存在がよくわからなかったことは確かだ。しかし、そのファンの存在を、本を出して、改めてまた、強く思うことになった。そして、その思いや熱量、小田さんの音楽がその人生に寄り添う貴重なご経験を羨ましくも感じた。誰かのファンになるということは、本当に人生を豊かにするのだなとも感じた。いろいろなご感想をいただけたことも、本当に感謝している。