文春オンライン

連載クローズアップ

「自分がやっていいのか」ためらいを覚えたが…ピエール瀧が向き合った、福島の海辺の町に生きる“無名の人たち”

ピエール瀧(俳優・ミュージシャン)――クローズアップ

2024/03/01

 あの日から娘と2人だけの暮らしがはじまった井口真吾は、いつも岩のような面持ちで紙タバコの煙を深いところから吐き出す。気が煙る――。やがて海風がかき消してゆく。

 映画『水平線』は、散骨業を営む真吾が暮らす小さな港町を舞台に、難しさを抱えながらも生き抜いていく人の姿を見つめる作品だ。ピエール瀧さんが真吾を演じる。

「『凶悪』で共演した小林且弥君から電話がかかってきたんです。『実は監督をやることになりまして』と。初めての作品で、しかも長編。人生に一度しかない初監督作品を僕で撮りたいと言ってくれた。その彼の気持ちには応えたいと思いました」

ADVERTISEMENT

ピエール瀧さん ©2023 STUDIO NAYURA

 送られてきた脚本(ホン)には震災を経た福島の海辺の町が描かれていた。すでに“被災者”ではない、様々な思いを心の奥底へしまい込んだ無名の人たちがそこには生きていた。

 自分が演(や)っていいのか――躊躇(ためら)いを覚えた瀧さんが小林監督に訊ねると、福島と関わりながら物語を生み出した監督はこう答えたという。

「“瀧さんのままフレームの中にいてください”と言ってくれました。演じるにあたり被災した方から体験を聞くべきか、そういう迷いもありました。ただ、お話を聞いたとしてもそれは付け焼刃の感情を演じるだけで、それこそ失礼になってしまう。だから、大きなものに巻きこまれてしまった、ほんとうに“なんでもない人”の気持ちを大切にしようと思いました」

 夜明け前、漁師が沖へ向かう。陽が昇れば市場や水産加工場が動き出す。そして暮れるころにはスナックに明かりが灯り歌声が響く。そうやって流れていた町の時間が、真吾のもとに持ち込まれた骨によって渦を巻いていく。

 その骨は、過去に世を震撼させた通り魔事件の犯人のものだった。東京から現れたジャーナリストが事実として明らかにしたことで、真吾は渦中の人になってしまう。水産加工場で働く娘は、母親が、そして多くの人が眠る海にその骨を撒くのかと父を激しく責めることになる。

©2023 STUDIO NAYURA

「生きていると答えの出せないことはいくらでもあって、日々積み上がっていきますよね。真吾もそうで、震災の日の選択は正しかったのか、娘とはどう接したらいいのか、ジャーナリストが突きつける“正しさ”とどう向き合うべきか、そのたびに困惑し追いつめられ、立ちつくす。その表情からは何を考えているのか分からないかもしれないけれど、そういう姿にこそこの作品で監督が求めるものがあったと思っています」

 ――紫煙は重く漂い、やがて消えていく。言葉にすることのできない人の思いのようでもある。

ぴえーるたき/1967年、静岡県出身。89年に音楽ユニット「電気グルーヴ」を結成。95年頃から俳優としてのキャリアも開始した。2013年公開の映画『凶悪』で日本アカデミー賞優秀助演男優賞など数々の賞を受賞。出演作は多数。

INFORMATION

映画『水平線』
3月1日(金)よりテアトル新宿、UPLINK吉祥寺ほか全国順次公開。
https://studio-nayura.com/suiheisen/

「自分がやっていいのか」ためらいを覚えたが…ピエール瀧が向き合った、福島の海辺の町に生きる“無名の人たち”

X(旧Twitter)をフォローして最新記事をいち早く読もう

週刊文春をフォロー

関連記事