ストレスから引き離しても、すぐには回復しない
大学にかぎらず教員全般のように、そもそも残業という概念がない職種*で働く人が自殺したら、「自分の労働時間も管理できずに、うつになるなんてなさけない」とたたかれるのでしょうか。
そういう考えかたそのものが、まちがっているのです。原因ないし発症の背景として「過労やストレス」があって発病する人もいれば、それなしでも(かつて内因性といわれたかたちで)うつ病になる人もいる。前者だけが同情の対象で、後者は無視されていいなどということはないのです。
産後うつに苦しむ専業主婦の患者さんを、「仕事もしていないくせにうつになって、旦那にすまないと思わないのか」などと、ののしってはいけないのとおなじです。
なお「うつ病は過労やストレスが原因だ」という認識がもたらす、もうひとつの誤解に「だから休ませてやれば/ストレスの原因を取りのぞけば、すぐに回復する」というものがあります。
もちろんこれはまちがいで、「骨が折れてから、重りを取り除いても、元に戻らない」(14)ように、ストレスを除去したとたんにみるみるなおったりはしません。
逆にストレス源とひきはなすことで症状が軽減するばあいは、うつ病ではなく適応障害と診断されます。つまり心因性のうつ病以上に、原因となったストレス因子(たとえばパワハラ上司やショックな事件)を明確に特定できるもの、という意味です。
この適応障害も、字面から誤解される「発症した人は社会不適応者だ」といった含意はまったくなく、「いくら泳ぎが上手な人でも、大波が押し寄せればおぼれてしまう」(15) ほどのストレスを加えられていた、という診断であることに注意する必要があります。また当初は適応障害だとされても、予後をみていくうちにうつ病の初期症状だったと、あとでわかるケースもあります。
*残業という概念がない職種
あまり知られていないが、日本の学校教員は教職調整額として給与が数パーセント割り増しされるかわり、残業の概念がなく時間外手当が支給されない、ホワイトカラー・エグゼンプション(WE)的な雇用形態が、従来から基本となっている。
たとえば勤務時間外で参考文献を読む時間を、残業か余暇かに分類するのは困難なので、この制度に一定の合理性が存在するのは事実である。しかし年収1000万円以上に限定しても導入に反対論の強いWE(または高度プロフェッショナル制度)が、はるかに薄給の教育現場で慣行となっているのは異様ともいえ、とくに部活動の指導を抱える中等教育での弊害が大きい。
―――
(11)岩波明『うつ病 まだ語られていない真実』ちくま新書、2007年、84~86頁。ほかに、交通事故で頭部に外傷を負ったとか、違法薬物で脳に傷害を与えたといった、明白な物理的要因からうつが生じる場合を「器質性」と呼ぶこともあります。
(12)岡田尊司『うつと気分障害』幻冬舎新書、2010年、42頁。
(13)北中淳子『うつの医療人類学』日本評論社、2014年、2・173~182頁。
(14)岡田尊司『うつと気分障害』幻冬舎新書、2010年、89頁。
(15)坂元薫『うつ病の誤解と偏見を斬る』日本評論社、2014年、11~12頁。