1955年生まれ、2011年『ニーチェの馬』で監督引退
ジム・ジャームッシュ、ガス・ヴァン・サント、アピチャッポン・ウィーラセタクンら、現代映画の才人たちがリスペクトするタル・ベーラは、1955年ハンガリーに生まれ、1977年にデビュー。『サタンタンゴ』や本作、『倫敦から来た男』(ジョルジュ・シムノン原作、2007年)などで世界的評価を高め、自身の“最後の映画”と明言した『ニーチェの馬』(2011年)は、ベルリン国際映画祭銀熊賞(審査員グランプリ)と国際批評家連盟賞をW受賞した。監督引退後も後進の育成に励み、フー・ボー(『象は静かに座っている』)、小田香(『セノーテ』)、ヴァルディミール・ヨハンソン(『LAMB/ラム』)といった才能が彼のもとで学んだ。
──以前の取材では、この“クソ”な世界の中にいても自由であれ、という精神について話してくださいました。その気持ちは、いまも変わりませんか。
タル どういえばいいかな…たとえば(18世紀フランスの思想家である)ヴォルテールを読めば、この世界は最善のものである、なぜなら他の世界などないからだという考え方にかんして、非常にロジカルなことをいっているけれども…。
いまの世界というのは我々自身がつくったもので、それがクソ(shit)なのだとしたら、それは我々のクソなのです、間違いなく。私たちは、自分たちのみならず他の人々の人生に対しても責任があるし、自分たちがつくった世界は自分たちで背負うものです。選挙でまた頭の悪いファシストに票を投じたいというのも、その人次第というわけです。
警察を撮影しようとして逮捕、釈放後に監督デビュー
タル・ベーラは、透徹した哲学を、口汚い言葉で語る人物としても知られる。哲学者志望だった16歳の時、貧窮したジプシーを短編に撮って反体制的だとされ大学入試資格を失った。その後、不法占拠している労働者家族を追い立てる警官を撮影しようとして逮捕され、釈放後に監督デビューした。
いまでもアーティストではなく労働者だと自認する、ハードコアな精神の持ち主だ。彼の魅力的な言葉は、そうして積み重ねてきた歴史のうえで発せられる。