──缶詰のスープでしょうか、ヤーノシュが煮込み料理をあける食事シーンも印象的です。『ニーチェの馬』(2011年)でも、過酷な環境で生きる主人公たちが毎日食すわずかなジャガイモが心に残りました。食事を描く際、何を考えてきましたか。
タル 食べるということは、人生という総体の一部です。誰もが、食べなければ死ぬわけです。総体性にかんする映画をつくろうとしたとき、食というものは無視することはできません。特に『ニーチェの馬』のときは、日々の単調性、毎日のルーティーンというものを演出するために、食はとても重要でした。しかしこの作品に限らず、ダンスであったり食であったりという要素は、私の映画に共通して存在するものだと思います。
「お互いに耳を傾けなければ、必ずや失敗が待っている」
──今回も含めて、後進の育成のために世界を飛び回るのは大変ではないですか。疲れることはありませんか。
タル もちろん、旅をするのは大変ですよ。でも、お互いに耳を傾けなければ、必ずや失敗が待っていると思います。誰もがエンパシー(共感)や思いやりをもたなければいけませんし、歴史的、文化的、あるいは経済的な背景が皆違うなかで、相互理解をしなければなりません。私は皆の違いにこそ何かしらの力が宿っていると信じていますし、だからこそ方々で耳を傾けているのです。
──最後の質問です。監督を引退されてなお、この取材も含め、映画について語ることをあなたはやめません。映画の何を信じ、何に賭けているのですか。
タル …考えたこともないし、わからないですね。ただ、私の背中を押し、何かを皆さんに見せようとする力があるのです。それだけです。
カメラマンのリクエストに「Do it(ただ撮れ)」
インタビューが終わり、その場に立ってもらってのポートレイト撮影。カメラマンが「ちょっと体の向きを…」とお願いしかけると、タル・ベーラはすこし口元をゆるめ、小さく首を横にふり「Do it(ただ撮れ)」と口にした。撮影が終わり、煙草を手にしたタル・ベーラの姿は、次の瞬間にはもうなかった。
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