訴えを受け止めることが安心感につながる
幻覚や妄想についても、介護者が「そんなものがいるはずないでしょ」「変なことを言わないで」などと頭ごなしに否定しないでください。本人にすれば自分自身を否定されたと同じことであり、よりいっそう不安や焦燥感をもたらします。周囲の人にとってはなかなか受け入れ難いこととは思いますが、「そういう不思議なこともあるのね」「私はちょっと気づかなかった」というふうに、当事者の訴えをなるべく受容的かつ支持的な言葉で受け止めることが、本人の安心感をもたします。
自分の物が誰かに盗まれたという被害妄想の一種である「物盗られ妄想」は、私も現場でよく目にしますが、これも当事者にとっては無根拠とは言えません。認知症が進むと、自分の物をどこかに置き忘れる、しまった場所を忘れるということがたびたび起こるのですが、それを「誰かが盗んだ」という妄想に発展させてしまうのです。
これも周囲の人が「そんなこと、あるはずがない」と一方的に叱ったりすると、当事者はいっそう感情的になり、身近な人に理解してもらえないならと警察沙汰にするなど、さらに行動をエスカレートさせてしまうこともあります。このような場合も、妄想であることをしつこく説明してわからせようとするのではなく、当事者本人の訴えをゆっくりと聞き、一緒に悩む、なくなった物を一緒にさがすといった受容的な対応が、「効率的」です。
冷たい否定と一方的な叱責が症状を悪化させる
BPSDは介護者が非常に困惑させられる症状であることは理解します。ただ最も苦しんでいるのは当事者であって、その症状をさらに悪化させるのが、じつは周囲の人による冷たい否定と一方的な叱責であるのはご存じでしょうか。
脳科学的にも、幼少期の親子関係において、子が親を「安全基地」として信頼することで精神的に安定する、いわゆる「愛着システム」は、幼少期のみならず生涯にわたると言われています。これは認知症にも当てはまります。親密な関係者(主介護者など)との不安定な関係が、当事者に不安をもたらすことで、この愛着システムは破綻をきたします。結果、症状を悪化させる原因にもなり得るのです。この観点からも、BPSDは「当事者が周りの世界に適合しようともがき苦しんでいる徴候である」との認識を持ちつつ当事者に接してほしいと思います。