ウィンスロー・ホーマー(1836―1910)は日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが、19世紀アメリカを代表する画家の1人。なかでも海を描いた作品群がアメリカ人の心に訴えました。また、彼の画風は印象派との共通点と日本の美術の影響が指摘されていますが、それは本作にも表れています。

左上の丘の上には、実物でも見逃してしまいそうな黒い小さな点が描かれている。
ウィンスロー・ホーマー「冬の海岸」 
1892年 油彩・カンヴァス ウスター美術館蔵

 この絵で描かれているのは冬の海辺。ラベンダー色の空の下、灰色みを帯びた岩場には雪が積もり、水しぶきを上げる海は淡いブルーの色調が繊細な変化を見せています。構図は、岩場が左上から右下にかけてゆるやかに対角線上を横切り、右側の波とせめぎ合う形になっています。前景に岩場が配置されているので鑑賞者はその手前に立って見ている感覚があり、この情景を近しいものとして受け止めることができます。

 自然で写実的な描写ですが、19世紀前半のアメリカの画家たちによる風景画の緻密な描写と比べると粗い筆遣いが見られます。そしてホーマーは太陽光のもとでの色の見え方に関心を持ち、主に戸外で制作していました。これらの特徴は印象派に通じるものですが、実は19世紀半ばの欧米の画家たちの間でしばしば見られた傾向でもありました。

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 ホーマーはフランス絵画の中では「落穂拾い」で有名なバルビゾン派のミレーの影響を強く受けていると言われます。ミレーといえば褐色系の色使いと自由な筆遣いを用い、農村で働く人々を厳かな姿に描いたことで知られる存在。ホーマーも同じく暗めの色調で農村の人々を描いていました。ところが、徐々に海で働く人々を題材として取り上げるように。そして1883年にはアメリカ合衆国メーン州にあるプロウツ・ネックという海辺に移住し、本作はそこで制作されました。

 海といえば葛飾北斎の「冨嶽36景 神奈川沖浪裏」を思い起こす人も多いはず。実はホーマーの絵は浮世絵に似ていると当時から指摘されていました。彼の親友がアメリカで浮世絵を広めた人だったこと、また、簡潔な形・フラットな色面・大胆な構図などの造形的な特徴からも彼が浮世絵に親しんでいたことは確かなようです。この絵も北斎の波にインスパイアされた可能性があるかもしれません。

 自然の姿はそれだけで十分人を引き付けますが、アメリカにおける風景画はヨーロッパと違う独自のアイデンティティ確立のためもあり、アメリカならではの自然というテーマが特に好まれました。しかも、プロウツ・ネックは東海岸の人々の避暑地だったので、この地での家族との思い出などを絵に重ねて見た人も多かったでしょう。

 また、本作には人物は描かれていませんが、その存在は画面左下の足跡で仄めかされています。左上の丘の小さな点は人とも枯れ木ともとれ、併せて想像力を静かにかきたててくれます。

 モダンな描き方を取り入れているのに普遍性を感じさせ、むき出しの自然を描きながらもノスタルジーや物語を感じさせる。相反する要素が絡まり合っているところにホーマーの魅力があるようです。

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「印象派 モネからアメリカへ ウスター美術館所蔵」
東京都美術館にて4月7日まで
https://www.tobikan.jp/exhibition/2023_worcester.html