翻訳出版第二作『頬に哀しみを刻め』が『このミステリーがすごい! 2024年版』海外編で第一位に選出され、日本でも一躍注目を集める新世代ノワール=犯罪小説の旗手、S・A・コスビー。母国アメリカでは著名な賞を複数受賞(2年連続でアンソニー賞・マカヴィティ賞・バリー賞三冠を達成)し、現代のアメリカ文学を語るうえで欠かせない存在となりつつあるが、日本の読者にとっては謎に包まれた人物だった。

 そこで本誌がリモート取材によるインタビューを依頼すると……まさかの快諾。今回が、日本のメディア初インタビューとなる。オバマ元大統領も愛読し、現代アメリカ文学でいま最も注目される作家が、日本のメディアではじめて語ったインタビューを、一部編集の上『週刊文春WOMAN2024年春号』より紹介する。

 インタビュアーは、同書および著者の前作『黒き荒野の果て』の翻訳を手掛け、数々の海外ノワールの傑作を日本に紹介してきた、翻訳家の加賀山卓朗が務めた。

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『頬に哀しみを刻め』は、息子を殺された二人の父親による復讐の物語だ。

 

 殺人罪で服役していた黒人のアイクは、出所後に庭師として地道に働き、今は庭園管理会社の経営者として成功を収めている。しかし、一人息子が白人の「夫」と共にリッチモンドのダウンタウンの路上で射殺され、世界は暗転する。犯人探しは警察に任せるつもりだったが、息子たちの墓が荒らされたことをきっかけに覚悟を決める。

 

 相棒になったのは、息子の夫の父親であり、トレーラーハウスで酒浸りの生活を送るバディ・リーだ。復讐を誓い、奇妙な友情を結ぶことになった二人の行動が、血と暴力を引き寄せる。やがて露わとなる事件の真相、暴力の連鎖の先に現れる得難い読後感。

 

「コスビーは、暴力描写に手を抜かない」(加賀山)。暴力を伴う犯罪行為の苛烈さと共に、犯罪へと至った登場人物たちの心情や、贖罪の思いが詳細に綴られている。

暴力は“痛みの告白”でもある

 

S.A.コスビー Photo © Sam Sauter Photography

 私はキャラクターに対して、一定の距離を置いて観察しながら書くというふうに心がけています。アイクとバディ・リーがどのように人間として成長していくか、その成長過程を見ることには幸せを感じました。一方で、この主人公たちがどれだけ絶望的な状況に置かれているか、どれほどの悲しみや怒りを感じているのかについて表現する際は、私自身を彼らに近付け、彼らと同じ感情を体験しながら書いていきました。ですから、この物語に登場するある重要な人物が亡くなった時は、私自身も非常に感情が揺さぶられたことを覚えています。