ガザ紛争の勅発とウクライナ戦争の泥沼化を中心に、近年“世界大乱”の構図がくっきり見えるようになったと語る京都大学名誉教授・中西輝政氏。一方で、歴史は韻を踏む。破壊の時代の次には、秩序再生の時代がやって来る、と中西氏は喝破するのだ。
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昨夏からの反転攻勢の失敗、そして欧米からの武器支援の停滞によるウクライナの苦境に、パレスチナ紛争のかつてない激化、そして「プーチンにNATOの同盟国を攻撃するよう促す」と公言するトランプの再登場も重なり、国際世論は今、悲壮感に溢れている。だが、昔から優れた戦略的思考には「短期の悲観、長期の楽観」が肝要だとされる。今こそ、より射程の長い思考をわれわれに与えてくれる歴史という知的資源を活用すべきである。
われわれが目撃している世界規模の騒乱には、数十年にわたる歴史の伏流がある。まず、もっとも大きな要因が軍事力・経済力の双方における「アメリカの衰退」だ。東西冷戦の初期にはアメリカは他国の追随を許さないほどの軍事的優位にあった。だが、昨年の段階で米陸軍の現役兵士の数は約45万2000人であり、第二次世界大戦以降、最も少ない兵員数まで落ち込んでいる。海軍力でも、アメリカが保有する艦船の数は300隻に満たないが、中国はすでにそれを追い抜き、世界トップの艦船数を誇る。経済力においても、米国はかつて世界のGDPの3割を占有していたが、昨今、そのシェアを減少させつつあり、21世紀になってから膨れ上がった財政赤字が常態化している。
加えて、アメリカは国を動かす戦略的能力(ステイトクラフト)の減退も著しい。ウクライナやイスラエルへの対外支援を進めたい与党・民主党に対し、反対するトランプと共和党の保守強硬派が議会をかき回して妨害する。場外にいるはずのトランプの攪乱によって予算案がまとまらず、国家意思を発動できない。かつてなかったような下院議長の更迭騒ぎが起こり、上院で共和党も合意した法案が下院で覆されるといった有り様なのだ。まさに歴史上繰り返された「大国の衰退」の情景である。
古代ギリシャの循環史観
実際、「トランプ現象」ほど、アメリカの衰退を示唆するものはないだろう。古代ギリシャのプラトンやアリストテレス、ポリュビオスらは歴史において「政体の循環」が存在することを指摘した。それは「王政」が堕落して「貴族政」となり、それも腐敗して「民主政」となる。民主政はやがて「衆愚政」に陥り、その後に資格もない人間が指導者を名乗る「僭主政」にいたる、という民主政体の循環史観であった。だとしたら、現在のアメリカはどうやら典型的な衆愚政へと陥っており、このままではトランプという「僭主の時代」が到来することになる。しかし、最大の国力を誇るアメリカで“もしトラ”が現実となり、欧州や日本をはじめ世界から「米軍の総撤退」が起こることになれば、進行する“世界大乱”の結末はまさに破壊的なものとなるはずである。