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「テイラー・スウィフトのような『希望のアイコン』は次々と出現する」国際政治学の大家が喝破する“アメリカの楽観要因”

2024/05/16
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 アメリカは今こそ、かつて覇権国への道を駆け上がっていた1940〜50年代の戦略的有能さを思い出すべきではないだろうか。駐ソ連大使を務めたジャック・マトロックは2年前、「我々はあの冷戦時代の秀れた知性を取り戻さなければならない」と語っている。まだ駆け出しの覇権国だった当時のアメリカはマーシャル・プランで欧州の復興を支援し、NATOを創設し敗戦でボロボロになった日本とも日米安全保障条約を結んで、経済復興を助けた。

 1956年、ハンガリー動乱の危機管理をしつつ第二次中東戦争(スエズ動乱)で米大統領のアイゼンハワーはダグ・ハマーショルドというスウェーデン人の国連事務総長を前面に押し出す形で事態の解決を図った。いわゆる「(パレスチナ)国連緊急軍」(UNEF)を組織して、イスラエル軍によるガザ攻撃を抑止したのである。国連に花を持たせアメリカはあえて後ろに引くというアイゼンハワーの賢明なリーダーシップが光った好例だ。

大統領選での再選も予測されるトランプ ©時事通信社

変節点としての1979年

 ここで重要なことは、アメリカの戦略能力の低下を含め、今日の“世界大乱”にいたる伏流の多くが「1979年」に起点を持っているということだ。1979年は社会主義の終焉、新自由主義の台頭、宗教の政治化のプロセスが始まった年であり、米ジャーナリストであるクリスチャン・カリルの著書『すべては1979年から始まった』(草思社)の指摘は正鵠を射ている。

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 この年は1月に米中の国交が樹立され、2月にイランでイスラム革命が起き、5月に英国でサッチャーが首相に就任し、12月にはソ連によるアフガニスタンへの軍事介入など、目まぐるしく世界が動いた。中国では鄧小平が経済改革に着手しており、東欧での共産主義体制終焉の遠因となるヨハネ・パウロ2世による祖国ポーランドへの訪問もこの年のことだ。

 1979年を発火点として勃発したのは、私なりに言い換えれば、「原理主義の熱狂」と「グローバル資本主義の腐敗」である。イランのイスラム革命によって米国の傀儡政権が倒され、イスラム原理主義をアイデンティティとした国家が樹立される。これは歴史上、繰り返し中東が「覇権国の墓場」と呼ばれるに至るパターンの再演であり、ソ連のアフガン侵攻が後にオサマ・ビンラディンらイスラム原理主義を信奉するテロ集団が世界を跋扈する事態を引き起こすきっかけとなるのである。1990年代にはバルカン半島を舞台とした、民族宗教紛争が起こり、ユーゴスラビアの大分裂に至る。

 宗教原理主義がもたらしたのは、冷戦における「資本主義対社会主義」という対立の陰に隠れた、血と肉の営みそのものである実存的な熱狂であった。今日のガザ紛争もまた、イスラム原理主義のハマスと、実は宗教上のドグマを最優先する点でよく似ているユダヤ教極右に牛耳られるネタニヤフ政権との衝突なのだ。またネタニヤフを支持するトランプの国内支持層にキリスト教の原理派たる福音派が大きな地位を占めていることもこの「79年」に端を発する熱狂の時代の所産である。