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心臓病の娘(9)のために治療費を貯めたが…「現代の医学では手術できません」諦め切れない両親が決断した“お金の意外な使い道”とは

『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」23年間の記録』より#2

2024/04/09

source : 文春文庫

genre : ライフ, 社会, 読書

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 だが、小柳ははっきりと「できません」と言った。

 宣政より5歳年上で41歳になっていたはずだが、眼鏡をかけたその顔は厳格そうで落ち着いて見えた。手術方法はまだ世界中どこにもなく、世界中の医師が模索しているところだ、と説明を加えた。

「必死で一緒に考えましょう。この子を看病しながら、新しい手術法ができるのを待ちましょう」

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 小柳から聞いた希望の言葉はこれだけだった。がっかりしたが、気を取り直して宣政は寄付の話をして帰った。

「このお金で人工心臓を作りませんか」

 1カ月以上が過ぎ、夫婦は小柳から女子医大に呼び出された。そこで思いがけない提案を受ける。

「このお金で一緒に人工心臓を作りませんか。この分野のために投資したらどうでしょう」

「ええっ、人工心臓ですか!」

 青天の霹靂だった。人工心臓は、全身に血を送る心臓を機械で代行させる装置だ。

 宣政はへどもどしながら答えた。

「先生、それは僕には難しいですよ……」

 人工心臓には、全置換型人工心臓と補助型人工心臓の二種類があって、全置換型は、血液を送るポンプとそれを動かす駆動装置を作り、欠陥のある心臓とそっくり入れ替えるものだ。補助型は一定期間だけ心臓の役目を代行させ、問題のある心臓を休ませたり、手術を加えたりして、本来の心臓に戻すという一時的な装置である。

 佳美の場合、そもそも先天的な欠陥をかかえているから、小柳の提案は全置換型人工心臓を作ることを意味した。

 それは神の領域に踏み込むことであった。

 困惑して顔を見合わせる夫妻に、医師は熱っぽく説いた。

「10年も一生懸命に研究しているうちに、素晴らしい心臓ができるかもしれません。懸命にやりましょうよ」

 人工心臓の開発は約20年前に、米国クリーブランド・クリニック人工臓器部で始まっていた。開発の主役は名古屋大学大学院出身の心臓外科医・阿久津哲造である。

 1958年1月、阿久津は塩化ビニールを素材とする全置換型人工心臓を作り上げた。研究所の上司であるウィレム・コルフ博士とともに、犬に埋め込んで実験して1時間半、犬の生命を維持した。それは「アクツ・ハート」と呼ばれ、「世界初の人工心臓が完成した」と米国発の大きなニュースとなっていた。

――そのときよりもはるかに研究は進んでいる。しかし、自分たちがうまく作れるものだろうか。

 宣政は考え込んだ。

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