町工場を営む筒井宣政の二女・佳美は、心臓の疾患を持って生まれ、出生後すぐに「長くは生きられない」と宣告される。9歳になるまでは精密検査を行うことすら難しく、宣政と妻の陽子は難病の娘の成長を待つしか術がなかった――。
『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」23年間の記録』は、そんな実話をもとにしたノンフィクションだ。ここでは本書より一部を抜粋して紹介する。
9歳になり、ついに精密検査を受けられるようになった佳美を病院に連れていった筒井夫婦が突き付けられた“厳しい結論”とは……。(全2回の2回目/最初から読む)
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手術ができない
筒井夫婦の共通点は、向日性ということである。
特に、キリスト教精神を拠り所にする陽子は、辛くても人のせいにしないで、力を尽くすことを心がけている。神様だけでなく、人様もよく見ているもので、助けてくれる人が必ず現れるものだ、と信じていた。だから、会社の手伝いに始まって、主婦、佳美の介護者という1人3役を、髪を振り乱しながらこなしてきた。乳母日傘で育ったのに、奈美の目には、まるで竹を割ったような性格に映っている。
そうして待ちに待った日がやってきた。
1977年、夫婦は9歳になった佳美を連れて、名古屋大学医学部附属病院にいた。佳美の心臓に治療機器を入れる本格的な検査である。それだけの体力がついたと判断されたのだ。
長い検査が終わり、夫婦はドキドキしながら、担当医が口を開くのを待った。
「佳美さんは三尖弁閉鎖症という難病です。心臓の三尖弁という弁が先天的に閉じているうえ、心臓に穴が開いています」
陽子の声にならない溜息が漏れた。
――9年も待った結論がこれなのか!
心臓の役目は、全身に血液を送ることである。全身を巡った血液は、心臓の右心房へ戻り、右心室を通って肺へと送り出され、酸素を取り込む。この右心房と右心室の間にあるのが三尖弁である。
ところが、佳美の心臓は、ポンプである右心房と右心室の間にある三尖弁が閉鎖しているので、右心房と右心室に血液の交流がなく、血液が正常に流れない。肺動脈も欠損して、肺高血圧症や肺動脈閉鎖症なども引き起こしていた。欠陥箇所は7カ所もあるという。
「手術はできないのでしょうか」
陽子が声を絞り出した。医師の顔は曇っている。
「とても残念ですが、現代の医学では手術はできません。このまま温存すれば10年ほどは生きられるかもしれません」