「おじいちゃん付きなんて、最悪じゃん」
ただ、長期で家族旅行をするとなると、日出子と離婚した父親がひとり残ることになってしまう。その二郎に声をかけた。
「ディズニーにみんなで行くんだけど、一緒に来ますか」
「わしはアメリカには何遍も行ったことあるが、食べ物食べても美味しくない。ヨーロッパには一遍も行ったことないで、ヨーロッパにしとけ」
「ああ、そうですか」
と宣政は受けて、この一声でディズニー行きはヨーロッパ旅行に変更になってしまった。借金問題はあっても、会社創業者である父の威厳には逆らえないのだ。
「おじいちゃんがヨーロッパにせいと言っとるで」
夕飯の席で宣政が告げると、三姉妹は顔を見合わせて、
「えー……」
とため息を漏らした。
「また、おじいちゃんがおらんときにディズニーに連れてってやるから、とにかくおじいちゃんの言う通りにヨーロッパ行こうよ」
そう説得されて、子供たちは肩を落として2階へ上がっていった。
その後ろ姿に、「かわいそうなことをしたな」と宣政は思ったが、佳美の部屋では両親の知らない悪口大会が開かれていた。
ベッドの上に3人が集まると、
「なんかさ、約束したのはディズニーワールドだったよね」
「信じらんないよね」
ぽつりと本音が漏れた。
「おじいちゃん付きなんて、最悪じゃん」
うんうん、と3人でうなずき合った。
そこには、約束を違えた父や我儘な祖父を辛辣に非難する、ごく普通の姉妹がいた。
「何倍もの速さで生きている」娘のための重い旅
それから数年間、筒井家は家族旅行を繰り返した。陽子が特に強く望んだことだ。
佳美は時折発作は起こしたものの、以前に比べれば、奇跡的に体調がよかったからである。
二郎の一言で転進したヨーロッパ旅行も、結局は家族全員の記憶に深く刻まれるものとなった。スイスとフランスを中心にした旅行は、家族がまとまらなければ実現しなかった旅だ。みんなで車椅子を運び、佳美を背負い、他人の力も借りなければならなかった。
スイスでは、標高3466メートルの氷河世界にある「氷の宮殿」を見た。そこは空気が薄くて、佳美には耐えられないと思われた異世界だったが、「どうしても行ってみたい」という佳美の声に押された。
ユネスコ世界遺産のユングフラウヨッホまで登山電車で行き、佳美を宣政と奈美が交代で背中に担いで、アレッチ氷河の下の氷の回廊を歩いた。