ナンがオピオイド訴訟に関わることになったのは偶然だ。かねてからドラッグと遠からぬところに生きてきたナンだが、手術後に処方された鎮痛剤「オキシコンチン」によりオピオイド中毒になる。辛くも生還した後、慈善事業で名を知られるサックラー(Sackler)家所有のパーデュー社が利益優先でオピオイド薬の販売を推進したことを知ったナンは、その責任を追及すべく行動開始。米欧の複数の有名美術館にサックラー家からの寄付を拒絶させるべく抗議活動を展開する。映画の冒頭では、メトロポリタン美術館の「サックラー・ウイング」エリアで、サックラーの名を抹消すべく声を上げる。
生きることの痛みをよく知るナン
本作が「現在」の戦いだけでなく、ナンの「過去」にまで踏み込んだのは、彼女のこれまでの歩みにこそ戦う理由があるからだ。生きることの痛みをよく知るナンは、巨大な敵――「ヴィクトリア女王時代の大英帝国以来の大物ドラッグディーラー」とも言える――を相手にしても戦う。自分のためではなく、同じ辛酸を共有する人々のために。
超富裕層の“慈善活動”を信用してはならず、医師と結託して薬を押し売りする会社もあるのがアメリカ…と理解している。だが、この数十年にわたる薬害を生んだサックラー家が美術館の大パトロンであり続けたという事実には、こんな汚いマネーロンダリングがあるのかという驚きを与えられる。しかしナンはアーティストとしての名声を活用してシステムに戦いを挑み、やがて幾つもの美術館がサックラー家からの寄付を拒むことになる。こうして彼女と仲間たちは一つの勝利に到達するのだ。