(笑)の複雑で微妙な味わいが分かればZ世代が分かる、今32歳の僕は本気でそう思っている。では(笑)とはなんだろうか。それを見事に描いたのが麻布競馬場『令和元年の人生ゲーム』である。本作はタワマン文学やTwitter文学と形容される新しい文学ジャンル(主にTwitter(現X)で投稿され、タワマン内の格差を描いた小説が多かったことからこのように呼ばれる)を生んだ著者が、真っ向からZ世代を描いた作品だ。
本作は4つの小説から成る連作短編。1話目はビジネスサークルの若者たちが、お互いの才能とプライドを慎重に削り合う様が描かれる。2話目はベンチャー企業を中心に、昇進や転職をめぐる腹の探り合いが浮き彫りにされる。3話目は名門大学の学生たちのシェアハウスを舞台に、過剰なまでに社会問題を解決しようとする若者たちの正義感がテーマだ。4話目は時代の曲がり角を迎えた老舗銭湯を舞台に巻き起こる世代間対立が見所。
とりわけ印象的な(笑)が登場するのは第2話だ。実際の箇所を引用する。
【〈ね、英梨ちゃんの皇居ランのやつ一緒に行かない?笑〉
(中略)この〈笑〉は何だろう、と、週末に自宅の2階の自室のベッドに寝転びながら私は考える。こういうある種の媚びを含んだコミュニケーションを、由衣夏はさほど仲良くない同期に向けることはあっても、少なくとも私にしてきたことはなかった。】
主人公の同期の由衣夏は、内定者同期だった英梨の勤める外資系の投資銀行に転職したいと思っている。そこで英梨に接触したいものの、一人では行きづらいから主人公を誘っているのだ。ここで(笑)が絶妙な効果を生んでいる。ずばり(笑)があることで、「そんな本気じゃないし、元同期と出かけるなんて変だとは分かってるけど、よかったら行かない?」というメッセージになっている。(笑)とはいわばツッコミだ。対象の出来事に対して自分は一歩引いてるよ、本気じゃないよという態度表明になる。しかもこの場合に巧妙なのは、転職のために英梨に近づきたいという真の目的を隠しておける点だ。
この作品を、延いてはZ世代を特徴付けるのは、(笑)や意図した笑いによるコミュニケーションの演技化ではないか。本作に登場する若者たちは意識も高いし、勉強もするし、強い承認欲求も持つが、リスクや不確実性を恐れる。そんなときに便利なのが(笑)だ。自分の本心を演技で隠しつつ、だが思惑は果たそうとする。いわばリスクヘッジなのである。全話を通じて登場する、常に笑顔を貼り付けた「沼田」という人物はその典型だ。つまり、本作を読むには、演技、思惑、本心という自意識のミルフィーユを味わわねばならない。どんな味がするか、ぜひご賞味あれ。
あざぶけいばじょう/1991年生まれ。慶應義塾大学卒。Twitterに投稿していた小説が「タワマン文学」として話題に。2022年『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』でデビュー。
わたなべすけざね/1992年生まれ。文筆家、書評家、書評系YouTuber。著書に『物語のカギ』、『みんなで読む源氏物語』(編著)等。