「サップ西成」との別れ
もちろん自分なら平然と1人で飲むが、それは「自分の基準」である。暴力に溺れた人間は「自分基準」を「世界標準」だと勘違いする傾向が極めて強い。
断言していいが「自分の基準」は大多数の一般市民の「基準」ではない──この当たり前の事実に、自分が最強だと思い込んでいる「サップ西成」は気がつかないで生きてきたのである。
これまでの私の飲食店は、一発の大きなおカネを求める経営だった。だが「左福」(編注:サップ西成氏が経営する飲食店)を持つ時に決意したのは、まったく逆のことだ。
たとえ使うお金が1000円、2000円でも毎日来てくれる常連さんを大切にしよう。
そうした常連さんのために絶対にしなければならないのが「サップ西成」との別れである。
自分で選んだ「戦い」
だから私は、店をオープンしたことを誰にも伝えなかった。当時、刷っていた名刺も本名の金城旭だけだ。
風の噂で店に訪れてくれた昔の仲間の中には、
「なんで言えへんねん!」
と怒る人、
「なんや、水くさい」
と嘆く人、
「サップも変わったわ」
と失望する人もいた。
もう私は「サップ西成」ではないのだ。もし仲間を名乗るのであれば水くさい私を受け入れてもらう他ない。そう反論しようと思ったが、私は沈黙を選ぶことにした。これは私が選んだ「戦い」である。他人に恨みがましいことを言っても意味がない。
それでもかつての顔見知りから、非難の言葉をぶつけられた時の私の胸中は複雑だ。しかし、そんな憂鬱な思いを払拭してくれたのは「サップ西成」とは無縁の、常連さんの笑顔だった。