西側のキッチンは、ダイニングとは逆向きに位置する。母はそこで、私たちに背を向けて料理をしていた。キッチンは、いわば母を苦しめる強制労働の場でもあった。錆びついた鍋に、ほこりのかぶった茶碗。薄汚れたコップの山々。光の入らないそこは、じめじめとしていていつも暗く、母の叫びを体現していた。
母は肌が弱い家系にもかかわらず、日々の洗い物などの水仕事や料理をしていたせいで、手指に主婦湿疹ができ、血だらけになって、よく病院通いをしていた。搔かきむしったために、ボロボロとグロテスクに剥げた母の指を、私は無邪気な残酷さから、子ども心に気持ち悪いと感じていた。
そして、そんな母の後ろ姿を無言で見つめながら、いつも罪悪感と申し訳なさで引き裂かれていたものだ。母はキッチンで恨み節をつぶやきながら激痛に耐え、料理という苦役をこなさなければならなかった。形骸化した空っぽの家庭を維持するために――。
すべては私たちのために、私たちが存在するから、母はここに囚われているのだ、と。
生きるか死ぬかのデスゲーム
キッチンはまさに母の怨念が詰まった空間で、母の憎悪が目に見えないかたちで渦巻いていた。そんなキッチンの暗闇から突如として現れた出刃包丁。死んだ青魚の目のように黒々と光る使い古された包丁には、確かに母の積年の怨念が宿っていたのではないだろうか。
その刃は否が応でも私たちのほうへと向かってくる。どんな理由であれ父が不在の今、私たちは、子どもだけでそんな母の狂気に立ち向かわなければならないのだ。シンと静まり返った夜の新興住宅地で、メッタ刺しの殺人事件が起きるギリギリのところに、私たちきょうだいは身を置いていた。それは、生きるか死ぬかの生死を懸けたデスゲームさながらだった。