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 すべて壊れてしまえ、という母の声なき絶叫、そして破滅願望の発露――。この日常生活からの解放を企てる母の反乱。

 真っ白いダイニングの蛍光灯が母の持つ包丁の刃先に反射して、一瞬私は目がくらむ。私と弟は母の狂気をすぐに察知し、ダイニングから和室へと逃げた。しかし、母はどこまでも追いかけてくる。どこまでも、どこまでも――。
 

 1階に逃げ場はないことを悟った私たちは、一瞬のスキをついて2階の自室へと逃げていく。1階に隠れていれば、いずれは見つかり、また母ともみあいになり、刃物が降ってくるかもしれない。

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 刃物が唯一の武器であることを、母はあるときから確実に悟っていたはずだ。私たちは、母が一度刃物を振り回しはじめると、ただただ逃げるしかなすすべがなかった。

「殺されるから、絶対に開けちゃダメ!」

 私たちは刃物を振り下ろす母から、死に物狂いで家中を逃げ回った。真っ暗な階段を駆け上がって居間から2階へ。当然ながら母も追いかけてくる。ドスドスドスという刃物を持った母の足音。心臓がどきどきする。あれは、死の足音でもあった。それは、見ず知らずの他人が見ればホラー映画のワンシーンだったと思う。ドアを閉めても必死にこじ開けようとしてくる。ガチャガチャというドアを回す音。

「お母さん、お願いだから、あっち行って!」

「殺されるから、絶対に開けちゃダメ!」

 私は、4つ下の弟にそう指示した。そうして嵐が過ぎ去るのを、息をひそめて待つのだ。

 刃物の威力に味をしめた母は、包丁が私たちを支配できる武器だと認識したようだ。