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中国・大連で味わった「微熱」のような感覚

 世田谷一家4人殺人事件や国松長官狙撃事件と並び警視庁痛恨の3大未解決事件に位置づけられるこの事件の有力情報に警視庁は色めきだった。ほどなくメディアも情報をキャッチし、過剰ともいえる反応が誌紙面を賑わしたのだった。

『魔女の盟約』(大沢在昌 著)文春文庫

 捜査機関やメディアがこの情報に敏感に反応した背景には、中国の暗部に秘められた神秘性が未解決事件という響きと共鳴したからかもしれない。泣き叫んでいた女子高生二人を縛り上げ、向かい合わせで横たえた後、銃口から出る熱で肌が焼けるほどの至近距離から射殺した冷酷さと残忍さ。住宅地のど真ん中で、しかも祭りの最中に起きた事件でありながら、犯人の痕跡がピタリと消えていることなど、中国と結び付けることで妙に得心の行く要素がそこには溢れていたからだ。

 マスコミ関係者の間をこの情報が駆け巡った直後、私は中国の大連に飛び、情報の確認のために走り回った。取材対象は主に現地の警察関係者と夜の世界だった。男が出入りしていたバーをはしごするのだが、客だと思って愛想よく応対していた店員やホステスが、記者だと名乗った瞬間に表情を一変させる緊張感は何度味わっても慣れることはできなかった。店内の空気が凍りつき、それまでニコニコしていた店員の目には暗い光が宿り、値踏みをする、指すような視線の中で質問を発する瞬間には、日常生活では意識することのない孤独を感じる。現場が海外であればなおさらだ。

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 この取材の間中、私はずっと一つの感覚にとらわれ続けていたのを忘れられない。まるで何をしても取れない微熱にずっと冒されているようでもあり、また拭えない胸騒ぎのような感覚でもあったが、生物に固有の匂いのようでもあった。それが脱稿するまでの間、ずっと続いて私の周りを覆っていたのだ。