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取材に行ったときと同じ“中国の匂い”

 なぜ、こんな話を長々と書いたのだろうか。

 実は、『魔女の盟約』を読み始めて間もなく、大連を取材していたときとまったく同じあの不思議な感覚が私の中に戻ってきていたことを意識させられたからだった。ストーリーを追いながら組み立てられる世界が備えているのは、明らかに私が夜の大連を回っている時に感じたものと同じ“匂い”だったのだ。

 本書は前作『魔女の笑窪』の続編という設定だが、内容は一転してワールドワイドになる。島一つすべてが売春街という地獄島から抜け出すことに成功した主人公「水原」。だが、島抜けの代償として島の神社を爆破した罪を着た水島は警察とやくざ両方から狙われる身となった。名を変え顔を変えて釜山に潜伏していて水島だったが、そこで再び殺人事件を目撃し大きな陰謀に巻き込まれていく。そしてチャイニーズマフィア、韓国マフィアやそれを追う国際司法組織との攻防のなかで主人公の運命は揺れ続ける……。

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 2000年を迎えて間もなく、日本における中国人犯罪はピークに達した。それ以降、日本のエンターテイメントのなかに中国人犯罪者が登場する機会はにわかに増えた。だが、そうしたエンターテイメントに出てくる“中国”は、概して日本人が何かしらの非日常性を実現するために利用されるものであって、全体から見ればスパイスに過ぎない場合がほとんどだった。中国という一つの世界観を作品に根付かせているかという意味では、必ずしも成功しているとは言い難い作品がほとんどだったというべきだろう。

 しかし、その点『魔女の盟約』からは強烈な中国の“匂い”が漂ってくるのだ。その理由は、一つではないはずだが、まず考えられるのは準主役級ともいえる登場人物として黒龍江省から上海の大学へ出てきた女性を、全編を通じて登場させ、細かく描ききっている点がある。

 そしてもう一つは設定の妙ではないだろうか。主人公の「魔女」こと水原(林英美)が女性であること。また彼女と行動を共にする上海人の白理(バイリー)もまた女性――二人とも銃器の扱いには慣れているとはいうものの――であるからだ。ハードボイルドの主人公が女であるという設定は、大沢作品では珍しいことではない。大ヒットシリーズの『天使の牙』の特命刑事アスカなどはその代表だろう。