「国家安全局」というディティール
だが、今回の作品では女性を主人公している効果が、従来の意味とは少し違った意味で発揮されているようにも感じられるのだ。というのも、主人公が女性であることによって、中国を含む国際的な組織のもつ“闇”に対して、暴力で抗うことのむなしさを最初から放棄せざるを得ないためではないだろうか。
暴力の前では無力であるはずの主人公が、いかにさまざまな勢力をさばきながら闇の社会を泳ぎ、最終的に自分の目的をどうやって達成するのか。クライマックスに向けてストーリーを盛り上げてくれている。
この設定に加えて、やはり触れておかなければならないのが、徹底したリサーチによって作品全体に散りばめられているディテールの細かさである。
それも中国を知らない読者をその気にさせる――たいていは専門的な用語を多用する――という程度のこだわりではなく、もっと深い部分での理解が作品から見てとれることだ。例えば作中に出てくる国家安全局だが、上海の安全局と北京の安全局とのライバル関係をうまく展開にすべり込ませているあたりは、「うーむ」と唸らざるを得ない。ここまで本格的に書いてしまうと、実際の安全部から目を付けられかねないのではないか。次回、中国を訪れるときは少し身辺に注意したほうが良いかもしれない。
さらに、中国国内における少数民族の位置付け、なかでも本作で中心的な役割を果たしている朝鮮族の扱いも絶妙だ。
作品の中では、
〈「このあたりは龍柏二村、朝鮮族がたくさん住んでいる。上海市の中心部なのに、開発が遅れているのはそのせいね」
「それは朝鮮族が差別されているってこと?」
「朝鮮族だけじゃないよ。中国はいろいろな少数民族がいる。漢人、満人、ウイグル、チベット、チワン、ミャオ、トン、リ……。全部で五十六民族が暮らしているね。朝鮮族は200万人ほどいる。ただ、多いからあちこちにいて、ひとつの土地にかたまっていない」
「そのぶん差別をうけることも多いってこと?」
「中国政府は差別があるとは決して認めないね」〉
という水原と白理の会話として描かれている。