将棋棋士には必ず師匠が存在する。そこに、師弟関係が生まれる――。
これが8歳の子の大局観か。佐藤天彦と対局した中田功はそう感じた。なんていい将棋なんだろう。桐山清澄の好手に豊島将之は感嘆した。棋士16名への徹底取材から、弟子に対する想い、師への敬愛、そして勝負に人生を賭けた男たちの素顔が浮かび上がる。
カメラマンであり、将棋ファンでもある野澤亘伸氏による本格ノンフィクション『絆―棋士たち 師弟の物語―』(新潮文庫)の文庫版あとがきより、一部を抜粋して紹介する。
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藤井に感じた、厚い壁のような存在感
本書に収められている杉本昌隆八段・藤井聡太二冠(当時)の対談が行われたのは2020年9月27日で、藤井が史上最年少の二冠を達成した約1月後だった。それまで大勢の報道陣の一人として藤井を撮ることはあったが、個別の撮影、取材ができたのは初めてだ。
このときカメラの前に立った18歳の青年は、思ったよりも肩幅と胸板の厚みがあって筋肉質な身体をしていた。肌は白く、口元には剃り残した髭が見えている。中学生でデビューした頃の華奢な印象は消え去っていた。そして彼の目が真っ直ぐにレンズに向けられたとき、「強い」と感じた。視線に揺れがない。ほとんどの人間は真正面からカメラを見つめることを躊躇い、半歩引いた感じになる。だが、藤井には厚い壁のような存在感があった。
久しぶりに棋士たちの真剣な表情を撮れることに高揚
あれからわずか3年で、藤井は将棋界の全てのタイトルを獲得して八冠を達成した。その間、コロナ禍で取材規制が厳しくなり、主催新聞社や連盟関係以外の者が対局室に入れる機会は少なくなった。限定された時間での会見や対局後の感想戦の撮影は許されても、顔はマスクの下に隠され、勝負師たちの素顔を写しとることはできなかった。
2024年1月、『将棋世界』誌の仕事で第73期王将戦第1局の撮影を行った。主催新聞社、連盟代表と並んで対局開始時や昼食休憩時に入室することが許される。久しぶりに盤を挟んだ棋士たちの真剣な表情を撮れることに高揚した。