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――周りの方から掛けられた言葉で覚えていることはありますか?

和泉 当時、上沼恵美子さんに言われたことがあるんですよ。「よく自殺しなかったね」って。あれだけバッシングされてる人を見たのって貴乃花関以来だって。「テレビの世界だけで生きていたら危なかったね」と言われましたが、仰る通りなんですよ。テレビの世界しかなかったら誤解されたままだったかもしれないし、テレビで報道されることが本当の自分だと思われてしまったかもしれない。また、もし舞台という拠り所、先祖から受け継いだ狂言を未来に伝えていく宗家としての使命がなかったらと思うとどうなっていたか…。

 確かに人の目がすごく怖かったときもありますけど、舞台に立ってお客さまの拍手に支えられたのも確かです。当時は上沼恵美子さんや、やしきたかじんさんの番組にもよく呼んで頂いて、「本当のことを話していいからね」って仰って頂きましたね。なんとなく西の方の最後に笑えれば、面白ければいい! という雰囲気が温かく心が休まりました。

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©杉山秀樹/文藝春秋

「自分がもっと強くならなきゃいけない」と改めて思ったのは…

――バッシングが続く中で、和泉さんの意識が変わった時期はありましたか?

和泉 それまでも、父をはじめ先人が守ってきた歴史・伝統を今の時代にもしっかりと守らなくては! と一生懸命に踏ん張ってきました。バッシングの中では、母や姉、応援して下さる自分以外の多くの皆様にご心配やご迷惑をおかけしていることを悔やんでいましたが…。もっと自分が強くならなきゃいけないと改めて思ったのは、子どもができてからですね。

 マスコミの皆さんに対しても毅然とした態度で臨まないといけないと思ったし、自分が嫌われたとしても、ちゃんと言うべきことは言わないといけないなって。マスコミの車に追われてみたり、家で待ち伏せされたり…ここは戦うべきだなと思いました。過去と現在だけではなく、未来をより強く意識したというんでしょうか。

©杉山秀樹/文藝春秋

 また、周りにすぐに理解されなくても、子どもたちに託していきたいもの、先人から受け継いだ後世に伝えていくべきものがあります。それにもし自分がもういいやって投げてしまったら、その時点でそれが本当の自分になってしまう。今の自分が未来への礎になる。そういった意味でも強くなりましたね。