「歴史がねじ曲げられた起点」の象徴
〈下山事件の確たる真相は、私にはわからない。しかし、あの事件が起きた一九四九年の夏が、戦後の歴史と、日本人の民主主義への希求とをねじ曲げ、ねじ伏せた政治的な夏であったことは、確かなことのように思われる。そのとき、歴史の流れを誰が、どのように変えようとしたのか。……〉
一連の事件の中でも、下山事件には明らかな特異性がある。まず単なる列車妨害事件の範疇に止まらず、政府要人暗殺の可能性を含んでいること。事件後、早くからGHQの関与が噂され、政治的な背景が指摘されていたこと。ある者は事件を「昭和史最大の謎」と呼び、またある時には「日本のケネディ暗殺」にも例えられてきた。斎藤茂男の言う「歴史がねじ曲げられた起点」。その象徴に位置するのが、下山事件だった。
事件から半世紀以上が過ぎた現在に至るまで、日本のジャーナリズムから“下山事件”の文言が忘れ去られたことはない。その間には前述の斎藤をはじめ、朝日新聞社の矢田喜美雄(やだ・きみお)、作家の松本清張、元捜査一課の関口由三など、有名無名の数多くのジャーナリストや知識人がこの謎に挑み、自説を世に問い続けてきた。そして近年、この下山報道にある変化があった。静かに、かつ確実に、下山論争が再燃する兆しを見せ始めている。
「おまえのおじいさん、下山事件に関係してたんだよ」
事の発端は事件からちょうど50年が経過した平成11年(1999)の夏、「週刊朝日」8月20日・27日合併号に掲載された「下山事件(国鉄総裁怪死)謀殺説に新事実」と題する6ページに及ぶ記事である。この記事の中でフリージャーナリストの森達也は「彼」と称する人物の証言を元に、「彼」の祖父とある組織の代表者「Y氏」が事件の実行犯であるとほのめかしながら、同様の記事を計5回にわたり同誌に連載した。
連載の第1回目の3ページ目に、次のような記述がある。
〈それは事件から三十七年たった一九八六年のことだった。
「彼」の祖父の十七回忌が済んだ夜、親類縁者のだれもが思い出話にふけるなか、酔いが回ったのか、祖父の妹に当たる大叔母がふいに「彼」に向かって口を開いた。
「そういえば、おまえのおじいさん、下山事件に関係してたんだよ」〉