1960年代後半~1970年にかけて、37人を殺害したと主張し、「私を捕まえてみろ」と言わんばかりに犯行声明文や解読困難な暗号文を含む15通の手紙を警察や新聞社に送りつけて挑発した連続殺人犯ゾディアック。いくつかの暗号文は解読されたものの、事件から57年経った今も、警察は、犯人に繋がる手がかりを掴むことができていない。

 それでも、捜査の過程で被疑者となった人物は何十人もいる。陰謀論者の中には、米国各地の大学に爆弾を送りつけ、3人が死亡、23人が負傷する事件を起こし「ユナボマー」と呼ばれた元大学助教授セオドア・カジンスキーや白人富裕層の居住区で無差別殺人を行い、7人を殺害、169人を負傷させたカルト集団のリーダー、チャールズ・マンソンといった米国を震撼させた凶悪犯がゾディアックだと主張する者がいたり、自分の父親がゾディアックだと訴える者が現れたり、最初に確認された殺人事件の2年後に生まれたテキサス州のテッド・クルーズ上院議員がゾディアックだというありえない主張をしたりする者もいる。それだけ、「ゾディアック事件」は今も米国の人々が目を離せない一大ミステリーなのだ。

写真はイメージ ©︎Paylessimages/イメージマート

 ゾディアックが最後に送った手紙は1974年1月29日消印のサンフランシスコ・クロニクル紙に宛てた手紙で、映画『エクソシスト』を最高の風刺コメディーと評価し、『ミカド』(ギルバード&サリバンが製作したコミック・オペラ)の歌詞が引用されていた。謎の図形とともに、37人を殺害したものの、サンフランシスコ警察が捕まえた犯人は0と示唆する“Me = 37, SFPD = 0”と言う文字も描かれていた。そして、この手紙を最後に、ゾディアックは人々の前から消え去ってしまった。それこそ、泡のように、きれいさっぱりと。

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 ゾディアックはいったい誰だったのか?(全2回の2回目/最初から読む

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小学校の教師職を解雇された第一容疑者のアレン

 多数浮上した被疑者の中でも特に強く疑われた人物たちに焦点を当ててみたい。

 警察が第一容疑者として注目したのは、海軍の退役軍人で、性的不品行の疑いで小学校の教師職を解雇されたアーサー・リー・アレンだった。アレンは唯一人、警察から尋問を受けた被疑者で、2007年の映画『ゾディアック』でも犯人の可能性が高いという視点で描かれている。

 疑われた理由として、アレンが小学校教師を務めていた頃、小学生に暗号解読法を教えたり、ゾディアックが手紙の中で言及している『ミカド』の音楽を聴かせたりすることがあったこと、アレンの友人が「アレンは、カップルを無差別に殺したい、夜撃つために銃に懐中電灯を取り付けると話していた」と証言したこと、アレンがゾディアックのシンボル(十字と円を組み合わせたもの)が入った腕時計を身につけ、ゾディアック事件で使用されたのと同じ口径の銃を所有し、車内からは血まみれのナイフも見つかったこと(アレン自身は、ナイフはディナー用の鶏を殺すために使ったと警察には説明している)などがあげられる。「アレンがタクシー運転手を殺害しにサンフランシスコに行くと話していた」との証言に基づき、1991年、警察はアレンを再捜査もしている。また、2番目の殺人事件で生き延びたマイケルはアレンの写真を見て彼が犯人だと主張した。