「私は人を殺すのが好きなんだ。とても楽しいから。森で野生動物を殺すよりも楽しい。人間はあらゆる動物の中で最も危険な生き物だからだ」

 快楽殺人を犯しているとも取れるような恐ろしい手紙が、1969年8月1日、北カリフォルニアの新聞社に届いた。送り主の名前はゾディアック。1968年~1969年、サンフランシスコを中心としたベイエリアと呼ばれる地域を震撼させた4件の連続殺傷事件で5人を死に至らしめた殺人犯だ。もっとも、ゾディアックの関与の可能性がある殺人事件は他にも多数あると指摘されており、本人は被害者は37人いると示唆している。ゾディアックは犯行声明文の他に、奇妙な暗号文を警察や新聞社に送り付け、暗号を解読せよと挑発したことでも注目された。

 事件から57年。その間、数多くの被疑者が捜査線上には浮上したものの、未だ、犯人は特定されていない。これまで何度も書籍化されたり映画化されたりするなどして、米国でも大きな未解決事件の一つとされている「ゾディアック事件」を振り返る。(全2回の前編/続きを読む

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写真はイメージ ©︎Paylessimages/イメージマート

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「ゾディアック事件」の幕開けは被害者が高校生の惨劇

 クリスマスが近づいた1968年12月20日午後11時過ぎ、カリフォルニア州サンフランシスコ北東部ソラノ郡のレイク・ハーマン・ロードという人気のない道で、通りかかったドライバーが若い男女が倒れているのを発見した。この道は、恋人たちがキスしたりハグしたりしてイチャつく、米国では「ラバーズ・レーン(恋人たちの小道)」と呼ばれる場所として知られていた。

 2人はベティ・ルー・ジェンセン(16歳)とデイビッド・アーサー・ファラデー(17歳)。デイビッドはヴァレホ高校のイーグルスカウトに所属し、レスリングチームで活躍するプレーヤー、ベティはホーガン高校に通う物静かな優等生として知られていた。勉強熱心な2人は2週間前に知り合った後、なかなかデートをする時間を作れないでいたが、クリスマスが近づいたこの日、初デートに出かけた。2人は共通の友人を訪ねた後、ホーガン高校で開かれたクリスマスコンサートを楽しむ。惨劇が起きたのはその帰り道のことである。

 通りかかったドライバーの通報で警官が現場に駆けつけた時、ベティはすでに死亡していた。受けていた銃弾は7発。そのうち5発は背中に当たっていたことから、ベティは銃撃犯から逃げようとしていたところを、背後から撃たれたと推測された。デイビッドは発見当時まだ息はあったものの、頭部に銃弾を受けていたことから、病院に搬送される途中で死亡した。

 この高校生男女の銃殺事件が「ゾディアック事件」の幕開けとなった。