19世紀の終わり、イギリス、そして世界を震撼させた凄惨な連続殺人事件がある。5人の女性たちが次々に殺害された「切り裂きジャック事件」だ。書籍化されたり、ジョニー・デップ主演の「フロム・ヘル」で映画化されたりしたので、ご存じの方も少なくないことだろう。殺害された被害者の遺体は、喉や腹部が切り裂かれたり、内臓が抉り出されたりするなど見るも無惨な状態で発見された。
著名人犯人説も浮上、現在も特定できない「切り裂きジャック」
そんな遺体の状況から、人体解剖学について十分な知識を持っている人物や屠殺業者が捜査の対象となった。「切り裂きジャック事件」と称されるようになったのは、捜査を行ったロンドン警視庁(スコットランド・ヤード)に“切り裂きジャック”と名乗る犯人から多数の手紙が届いたからだ。
捜査の過程では、100名を超える容疑者が捜査され、ヴィクトリア女王の孫アボンデール公爵アルバート・ヴィクター王子や『不思議の国のアリス』で知られる作家ルイス・キャロル、「切り裂きジャックの寝室」という油絵を描いた画家ウォルター・リチャード・シッカートなどの著名人犯人説も浮上したが、今に至るまで犯人は特定されていない。
しかし、事件から136年経った今も「切り裂きジャック事件」はイギリスで大きな注目を集め続けている。今年3月には、事件を捜査していた警部が保管していた捜査資料が公開され話題となった。捜査資料の中には、切り裂きジャックが警察に送ったとされる手紙「親愛なるボスへ(Dear Boss)」や「生意気なジャッキー(Saucy Jacky)」のコピー、最初の被害者の遺体の写真も含まれていた。
「世界で最も悪名高き殺人犯の一人」と言われている切り裂きジャックはどんな人物だった可能性があるのか? また、5人の女性たちはどんな人生を辿って、殺害されるに至ったのか?
売春をして生計を立てていた、最初の被害者メアリー
事件が発生したのは、1888年8月31日から11月9日にかけてのことだった。場所は、ロンドンのイースト・エンドにあるホワイト・チャペル地区。当時、イースト・エンドは、ユダヤ人やロシア人の移民が商売を始める地域として知られていたが、貧しい人々が居住し、犯罪も多発していた。売春宿も数多くあり、被害者の中には売春をして生計を立てていた女性もいた。