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想定外の一手に控室では再び「ひょえー」と声が

 さらに迫ってくる藤井の銀に対して、豊島も銀を打って盤上から消した。

 難解な攻防に、検討する手順もどんどん複雑になっていく。渡辺が「なるほど! わからない」と言って皆で笑う。検討陣のメンバーには立会人の森内俊之九段をはじめ、間近で対局を見ている記録係の中沢良輔三段と福田晴紀三段も交互に加わって、仲間がたくさんいる。AIの評価値も候補手も見ることができる。

 練習用紙にエンピツと消しゴムで文字を書いているようなものだ。間違えたら消せばいい、新しい紙を出せばいい。しかし、対局者は違う。孤独だ。和紙に筆で、黒々と墨痕を記していくように、その一手はとりかえしのつかない一発勝負だ。

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控室での検討の模様

 両者とも想定外の指し手が多かったのだろう。藤井の中央角に豊島は驚いたことだろう。豊島がじっと角を引いて手を渡してから反発した手順は、藤井の射程から外れていたであろう。何度も読み直しを強いられ、疲労もたまっているだろう。しかし、ここが最後の勝負どころ、疲れに気をとられたら負けになる。

 さあさあクライマックスだ。

 豊島が銀を打って詰めろをかけ、藤井が銀を打って受ける。これは千日手だ! 騒然となる控室。主催者と森内で千日手が成立したときの協議をする。

 打開できるのか? 後手玉に詰めろがかかるのか? 今日鋭い読み筋を次々と披露し、キレッキレの渡辺もウンウン唸って考える。「金はトドメに残せ」だし、ここで金を使うのは、もし詰めろだったとしても先が読めない。読みきれない。これは千日手になるだろうと皆がいう。

 ところが。

 豊島は千日手の手順を一度も経由せず、金を逃げて打開した! 再び「ひょえー」と声があがる。つまり、これは、千日手の確証がなかったのか? しかしこれで余せるのか?

熱戦を桂打ちでチェックメイト

 藤井は下から角を打ち、銀を入手すれば詰む形にする。さすればと豊島が玉を上に逃げる。なるほど、次に桂を外して上部脱出か。

 しかし、渡辺がはっとした表情で、藤井側の駒台にある駒を掴んだ。