棋界の頂点に立つ2人が、前例のない将棋を、2日間限界を超えるほど脳をいじめ、考えに考えた末に待っていた局面だ。極限状態の中、持ち時間9時間のほとんどを使って互いに残り6分、「金はトドメに残せ」と染みこんだ思考回路の逆をいく、「金を打て」というのはあまりにも難しい。藤井ですら詰み手順をすぐに発見できなかったのだ。▲5二金を打てる棋士はいないだろう。
とはいえ、感想戦で藤井が相手に詰み手順を先に解かれるのは珍しい。私が目撃するのは初めてだ。今日は藤井の読みに驚かされてないなあ。それだけ疲れてるんだなあ……と思っていると、藤井が「そうか、これ詰むんですね」に続けて、「香みたいな手をやっても意味ないですよね」と局面が戻され、▲5二金に△5一香と打った。
なんだこの手は? そうか、竜で取ると王手竜取りに角を打つ手があるのか。
豊島がその筋を避けつつ詰めろをかけ、藤井が玉を早逃げした局面をつくると、今度はわずか10秒、「そうか、金打っても取って詰んじゃうんですね」。大駒をすべて捨てて、先ほどとは違う手順の25手詰め……。
「角で王手しても歩合いで負けですね」
金銀4枚を持っているし、逃げ切る順は一つしかないけど詰まないのか。
いやいや読み切るの早すぎるって。感想戦でも負けず嫌いすぎませんか。絶対悔しかったんでしょ。
勝ち切るというのがどれだけ大変なのか…
帰りは、将棋番組の制作会社の方の車に同乗させてもらった。車中では豊島の粘り強い指し回しに2人で感嘆していた。
「豊島さん、今年に入って調子を落としていたのに(※1月から2月にかけて5連敗している)、さすがですよね」
「2日制のタイトル戦で、2局続けて藤井名人を追い込むなんてすごいですね」
「だけど、あと一歩が遠いですよね。藤井さん相手で勝ち切るというのがどれだけ大変なのか……」
最後に、「将棋は本当に残酷な……」で、2人で口ごもった。
そうなのだ。あと一歩なのだ。それが、遠い。
写真=勝又清和
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