「この手は……詰めろになっています!」
モニターを見る。豊島は次の手に気がついたのか、手で口を押さえている。藤井は残り3分のうち1分を使い、その駒をつまんだ。すこし曲がって盤上に置かれ、すぐに直した。それは熱戦の終わりを告げる「藤井の桂打ち」だった。
前略 藤井聡太様
なぜ、あなたはここぞという場面で桂馬があるのですか。かならず、あなたの駒台には桂馬がいるのはなぜですか?。
第1局も、第2局も桂馬で詰めろをかけ、勝ちを決めました。それだけではありません。渡辺明九段から名人を奪取した第5局も、歩頭の桂打ちが詰めろとなる決め手でした。 加藤一二三九段とのデビュー戦でも、29連勝したときも、棋聖を獲得したときも、王座を奪って八冠になったときも、いつも最後は桂打ちで決めていました。これは偶然とは思えません。
「藤井の桂馬が性能が違う」
棋士たちはそう言っています。あなたの桂馬、「藤井の桂」は、まるでチェスのナイトのように、盤上自由自在、八方に飛んでいっています。
あなたの最愛のKnight(騎士)は、対戦相手にとってNightmare(悪夢)です。
126手にて豊島が投了した。終局時刻は午後9時19分。初日から2日目の夕休憩の17時までに65手だったから、最後の休憩明けに61手も指したことになる。いかに大熱戦だったかわかるだろう。
インタビューで豊島は「途中は指す手がなかった」と正直に話し、藤井も桂を取った手を反省した。
そして肝心な場面、やはり、豊島は千日手手順になるかどうか確証を持てなかった。藤井は千日手打開は無理と受け入れるつもりでいた。
「そうか、詰んじゃうんですね」
豊島に勝機はなかったのか。銀ではなく▲5二金が盤上に並べられ、その局面で1分以上の沈黙の末、先に詰み手順を発見したのは豊島だった。自陣にいる駒も使わなければ詰ますことができない、とても読みにくい順だ。