また、米国は半導体製造の世界シェアを現在の11%から30%以上にしたいと考えているようだが、この目標を達成できるかどうかはさておき、米国政府が政治的手段によって新しい市場を形成しようとしているのは明らかだ。そして、その新市場の獲得に最も意欲的な企業がTSMCである。よって米国のウエハー製造ニーズを満たすため、米国政府はTSMCの顔色をいくらかうかがいながら、TSMC米国工場がスムーズに運営できるように支援する必要がある。
各国の競合他社は工場建設が遅れ…
競争状態から見た場合、米国工場への投資をスピーディに進めているのはTSMCだけで、サムスンやグローバルファウンドリーズ、インテルは業績不振やその他の要因によって工場建設が遅れている。TSMCは財務体質が健全で、工場の建設速度が速く、良品率も最も高いため、工場が完成したら景気が回復に転じるかもしれない。景気の低迷時には投資を続け、景気が好転したら量産を開始するのが半導体業界の必勝パターンで、TSMCはそうやって自分の居場所を確保した。
ドイツ政府が今、焦り出したのはそのせいもある。TSMCは米国と日本へ順調に投資し、どのライバル社よりもスピーディに建設を進めているのに、インテルやグローバルファウンドリーズは会社の業績不振のせいでドイツ工場の建設計画を遅らせているからだ。ドイツはこれから米国と日本にTSMCの強大な工場ができて製品の現地供給が始まるのを懸念し、TSMCに一刻も早くドイツに投資してほしいと考えている[その後、2023年8月8日、TSMCが欧州初となるドイツ工場(ドレスデン)の建設を発表した]。
各社の財務データを比較すると、TSMCが半導体業界のなかでも白眉だということが見て取れる。2022年の景気の悪化で多くの企業が赤字を出したが、TSMCは純利益を7割以上伸ばして最高の業績を上げた。TSMCのように企業経営で創出した利益で巨額の工場建設費を賄い、そのうえで株主に現金配当を出す余裕のある企業は皆無だった。
ムーアの法則も大きな脅威にはならない
次に、ムーアの法則(「約2年で半導体の集積度は2倍になる〈微細化が進む〉」という法則。近年、物理的・コスト的な限界が近づきつつある)から考えてみたい。
2000年にはすでにムーアの法則は限界を迎えたという声もあったが、現在のところ一般的には半導体が1~0.5ナノメートルに達するまでは技術的なボトルネックは発生しないと考えられている。これから先の技術の進歩を考えた場合、7、5、4、3ナノメートル、それから2、1、0.5ナノメートルまでの間で各世代を2~3年として計算すると、少なく見積もってもあと10数年から20年はかかる。つまり別な言い方をすると、今後20年間はプロセス技術が進化できるため、ムーアの法則もTSMCにとって大きな脅威にはならない。