3回は職を変えるアメリカ人
会社は営利事業団体である、お金をもうけるところだ。とくに経営者は、利益を長期的に確保することを、なによりもまず第一に考えなければならない。
これは、きわめて単純明快な、どの会社にもあてはまる基本的なフィロソフィーであるはずなのだが、どうも日本のビジネスの世界では、まだまだ十分な認識がなされていないようである。アメリカでは、このフィロソフィーが、すみずみにまで徹底している。その事情を示す好例として、アメリカにおける雇用関係を紹介してみよう。
人を募集するというとき、アメリカの会社では、“その人にどういう仕事をやってもらうか”を明示する「仕様書」がまずつくられ、それが公開される。新しい人に対する会社の要求は、相当こまかいところまで「仕様書」に記されるわけだ。
就職を希望する者は、仕様書を見て、自分の能力や適性を考えた上で応募してくる。そこで、会社と就職希望者の間で話し合いがはじまる。給与、勤労条件、契約期間など、あいまいな点を残さないで話し合いがなされ、双方の要求が折り合えば、契約書が交わされ、はじめて雇用関係が成立するしくみである。
要するにこれは、入札制度のようなもので、買うほう(会社)は十分に吟味して、安い値段でいいもの(社員)を手に入れようとし、売るほう(就職希望者)は、自分の能力や特徴を述べて、懸命に、できるだけ高く売り込もうとする。なかをとりもつ仕様書が明確であるのは当然であろう。
雇用関係には「評価」が必要だ
こうして成立つ雇用関係においては、いつでも、仕様書に照らしての「評価」がついてまわる。
たとえば、せっかく雇い入れた社員でも、仕様書どおりの仕事ができないとなると、会社は、その旨を述べて社員を解雇できることになる。事実、いちど雇い入れた社員を、一年もたたぬうちにクビにするのは、アメリカでは、あたりまえの日常茶飯事とされているのだ。
したがって、あらゆる会社が、自分のところの仕事にあてはまる人材を、たえず血まなこになってさがし求めるという状態が生まれてくる。雇われる側でも、会社は変わったほうがいいんだ、そのほうが、自分の能力が正当に評価され、自分に最適の職場を見出すチャンスがふえるのだと心得ている。
このようにして、アメリカでは、きわめてオープンで、流動性に富んだ“人”の市場が形成されてきた。
アメリカ人は、平均3回会社をかわるといわれ、ニューヨーク・タイムスやトリビューンといった大新聞が、日曜版には“求人”という大きなセクションを設けて、会社のためにも、求職者(会社を変えようと思っている人も含めて)のためにも多大の便宜を提供し、仲人役をつとめているのも、うなずけるところである。
それを眺めてみると、カリフォルニアの会社が、日曜日にニューヨークで採用申込みを受付けたり、面接を行なうのも稀ではないし、“あなたが就職を望むのなら、すぐこの番号に電話しなさい。料金先払い電話(アメリカにはこの制度がある)を利用して”などと記されている。競争会社の間で、社員の引抜き合戦が熾烈をきわめるというのも、もっともなのである。