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左足の傷に「ハエのような虫がびっしり…」崖から滑落→遭難した30代男性が山中をさまよった“恐ろしい6日間”

左足の傷に「ハエのような虫がびっしり…」崖から滑落→遭難した30代男性が山中をさまよった“恐ろしい6日間”

『ドキュメント生還2 長期遭難からの脱出』より#2

2024/05/25

genre : ニュース, 社会

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雨水や湧き水で水分補給したが…

 昼過ぎごろになって、「この方向でいいのだろうか」という違和感を感じるようになり、沢から離れて斜面を登っていくことにした。負傷した足をかばいながら、10分登っては15分休むことを幾度となく繰り返した。とにかく喉が渇いて仕方なかったが、沢から離れてしまったので、水は補給できない。前夜の雨で、木の切り株の窪みに濁った雨水が溜まっていたのでそれを飲み、木の葉に付いている水滴をすすって、なんとか耐えた。途中、崩落したザレ場に差し掛かったときに、ちょろちょろと湧き水が出ているところがあった。

「助かった!」と思い、喉の渇きを潤し、水筒にも水を補充した。

 結局、この日も下山できず、夕方の5時半ごろに行動を打ち切った。濁った雨水か沢の水が体に合わなかったのか、このころから吐き気がとまらなくなり、えずきがひどくなっていった。

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 何度も何度も「おえっ」「おえっ」とえずくのだが、なにも食べていないので、水と胃液しか出てこなかった。

 周囲にはビバークに適した平坦な場所がなく、傾斜のある斜面を寝場所にするしかなかった。

 横になるとずるずる落ちていくので、木に足をかけて落ちないようにした。体に当たる木の根っこや小石が不快に感じ、手や足で土を掘ってなるべく平坦にならし、空にしたザックを敷いて横になった。眠りに落ちそうになるたびに、木に絡めていた足が外れて滑り落ちそうになり、はっとして目が覚めた。遭難して2日目の夜も、ほとんど眠れなかった。家族のことが頭に浮かび、「明日こそは絶対に帰ろう」と誓った。

 この日の昼間、ヘリが飛んでいるのが見えたが、「自衛隊のヘリでも飛んでいるのかな」と思っただけだった。実際には捜索が始まっていたのだが、山岳遭難事故の捜索がどのような手順・段取りで行なわれるか、これまで気にかけたこともなかった。そもそも、誰かが自分を捜しているなどとは思いもつかなかった。

©satoshi 0 0v/イメージマート

「いっしょに山に登った2人は、下山したときに私がまだ下りてきていないことに気づいたはずですが、どこかで滑落して死んでしまったものと考えているのだろう、そう思ってました」

 12日は朝5時半ごろから動きはじめた。前日に続いて斜面を登っていったが、疲労と眠気で思うように力が入らず、何度も滑り落ちては登り返した。

 この日は12時32分と午後6時43分に現在地のデータをとって妻に送ろうとしているが、それを見ると、6時間をかけてほんのわずかな距離しか移動していないことがわかる。疲労困憊していたのだろう。なお、6時43分に位置情報を取ったのを最後に、携帯電話のバッテリーが切れてしまったため、その後の位置情報は記録されていない。