1ページ目から読む
3/3ページ目

「私のクマもシワも、すべて映してください」

 石原は、彼女にとって大きな転機となったであろう『ミッシング』の撮影のあと、連ドラ『Destiny』に取り組んだ。映画でさらけ出すことを学んだ石原は、このドラマに関するインタビューではこのように語っている。

「ただ奏(石原の演じる役の名前)がいまどういう気持ちでどうしたいのか、それだけを考えていればいいという現場でした。映画の現場でも学んだ、逆算して芝居を作るのではなく、その瞬間、無意識になり、自然に役の感情になるということを『Destiny』でもやれました。照明の加藤あやこさんには、私のクマもシワも、すべて映してくださいとお願いしました。私、そのものの人間性を撮ってほしかったんです」(テレ朝POST、2024年4月3日公開 https://post.tv-asahi.co.jp/post-247239/

ドラマ『Destiny』(テレビ朝日)公式サイトより

『Destiny』の奏は少女時代に父(佐々木蔵之介)が亡くなり、大学時代に親友(田中みな実)が亡くなり、恋人(亀梨和也)が行方不明になり……と不幸が続くなか、懸命に勉強して検事になり、再会した恋人の罪と向き合う。検事だからいろいろな事件に出逢うのは当然として、自身の身の上にいろいろな事件が起こり過ぎるだろうというツッコミどころ満載の設定ではある。が、検事という職業は、物怖じしない石原さとみの個性にぴったりフィットしている。彼女が調書をとるとき、まっすぐな視線と低めの声で質問されると嘘が言えなくなりそうだ。

ADVERTISEMENT

 一方で、12年前、大学生だったときの回想シーンでは、メガネをかけて垢抜けない、あらゆることに物怖じしまくっている未熟な姿で登場し、石原は完璧なまでの仕上がりを見せる。先述のインタビューによるとさすがに大学生を演じることが難しいと感じていたようだが、十分演じられていたと思う。過去と現在をこんなにも鮮やかに堂々と演じ分けられるとは、やっぱりただ者ではない。

 元恋人を取り調べるとき、検事の顔と元恋人の顔が交錯する状況は、恋人たちの取り調べプレイのようにも見えて別の意味でスリルを感じさせ、病気の元恋人を慮る様子は母親のようでもある。訝しげな眉の角度、驚いた口元、澄ました顔、等々……女性で、いわゆるドラマにおける豊かな顔芸をする俳優はあまりいないが、石原さとみの表情の変化はとても的確だ。

©文藝春秋

 結婚、出産を経験したのち、『ミッシング』や『Destiny』で俳優として復帰したわけだが、演技について語るときも、育児のエピソードをトーク番組やインタビューで語るときも相変わらず自信に満ち、充実感が漂う。

 これからはきっと母親役もやるようになり、全国のお母さんたちに支持される俳優としての道が待っているような気がする。令和の肝っ玉かあさんになっていただきたい。