スケッチブックのモザイク画から、実体化した可愛らしいワニが這い出てきて、再び平面に戻っていくという不思議な絵。作者は騙し絵の達人エッシャー(1898-1972)です。この絵にはエッシャーが強い関心を寄せていた「平面の正則分割」が盛り込まれ、しかも謎めいたアイテムがちりばめられています。そこにはどんな意味が隠されているのでしょうか。
平面の正則分割とは、1つの図形を平行移動・反転・回転させるなどして平面を隙間なく重なりなく埋めるデザインのこと。本作に登場するのは彼が1939年に描いた「トカゲ」です。正六角形を基準にしたモチーフで、120度ずつ回転させることで連続模様を形成しています。
モザイクのトカゲは均質で図式化した形状をしていますが、画面右下で少しずつ小さなワニのような立体的な造形を得ていきます。ワニはスケッチブックからのそりと出ると、本によじ登り、次に三角定規を渡り、最後に登り詰めるのは正十二面体。そこで勝ち誇ったように鼻息を荒くしています。
これらの小さなワニたちが巡る順路は、左下の鉢植えを要とした扇状になっています。この流れを追うことで、鑑賞者もスムーズかつダイナミックに画面を一周できます。
すると気になってくるのが、左下の鉢植え、右下の液体が入っていると思われる瓶とグラス、左上のマッチとタバコの入った容器、といった脈絡のないアイテムたちです。ところが、西洋の伝統思想を通すと、これらが急に意味をなしてきます。古代ギリシャ以来、世界は「土、水、空気(風)、火」の4つの元素でできていると考えられてきました。それに照らし合わせると、鉢植えは土、瓶とグラスは水、ワニの鼻息は空気、マッチは火を表し、各元素に対応していると分かります。
さて、もう1つ意味ありげなのが正十二面体です。実は、先に述べた4つの元素に加え、天を満たす第5の元素があるとされていました。それが正十二面体で表せるという考え方があり、おそらくその思想を表したのでしょう。
こうして見ると、この絵には実にさまざまな要素が詰め込まれています。5つの元素、平面的な絵と立体的な絵、動物と植物、様々な基本図形、ガラス・金属・陶器・紙と多岐に渡る素材。特に注目したいのが、紙冊子のバリエーションの多さです。ノート(右上)、スケッチブック、本、タバコの巻紙ブランド「JOB(ヨブ)」(左下)と4つもあります。その意図は定かではありませんが、これには何かしらの意味が込められているに違いありません。
平面の正則分割のトカゲは同じ形のまま、平面上に無限に広がっていくことができます。しかし、エッシャーはそれを立体化して個別化させ、様々なアイテムを巡る循環運動に組み込むことで、壮大な生々流転を表そうとしたのではないでしょうか。
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「エッシャー 不思議のヒミツ」
富山県美術館にて6月30日まで
https://tad-toyama.jp/exhibition-event/18109