会場から、妻の死の原因がはっきりと描かれていないことについて質問されると、ワン監督が、
「いちおうの設定はありましたが、私たちはあまり映画の中で説明的にしたくはなかったのです。
現実でも、外から見て他の家族の事情や病気のことなど、はっきりとは分からないですよね。この映画ではそれと同じように、観る人が自分なりに想像し感じられるようにしたかったのです」
確かに『春行』は説明的ではないが、難解ではない。登場人物の事情や心情を様々に想像でき、それゆえに深く心に染みる作品になっている。
台湾ニューシネマのスターを起用した理由
キャスティングも本作の魅力だ。妻役のヤン・クイメイはツァイ・ミンリャン監督作品やアン・リー監督作品で知られるスターであり、夫役のシー・シアンもホウ・シャオシェン監督作品などに出演してきたベテラン。
ポン監督は、「キャスティングの際には台湾ニューシネマ(80年代~90年代に従来とは一線を画した作品を生み出したホウ・シャオシェンら若手監督たちによる運動)を念頭に置きました。作品を通じて台湾ニューシネマの作り手と対話し、彼らの作品との連続性や違いを表したかったのです」と語った。
工藤監督は台湾映画の魅力について問われると、こう答えた。
「台湾映画の魅力は語り切れないほどありますね。ポン監督はアーティストですが、アートの本質は問いだと思います。作り手が観る側に投げかける、その問いが深いほど面白いほど、お客さんの心に刺さって、頭に残ります。
ワン監督が専攻されていたジャーナリズムは、社会の動きや人間を観察することから始まり、世の中の事実をなるべく曲げずにシンプルに伝える。『春行』、そして台湾映画には、この両者がとてもよく根付いていると思います。
だから心に残り、観た後にいろんなことを考えることができる。そんな台湾映画が私はずっと好きでたまらないんです」