立ち上がって移動しようとすると、西村さんの体に異変が起きた。突発的なストレスの影響からか、普段よりもさらに視野が狭くなる症状に襲われた。
仕方なく「私、目が見えないんです。次のけが人のところへ連れてってください」と周囲に呼びかけると、「あいつ目が見えているのに嘘ついているんじゃねえか」という声が聞こえたという。それでも1人の男性が肩を貸してくれて、次のけが人の場所まで誘導してくれた。
「男性の方に誘導された場所には、女性の方が倒れていました。『どうされましたか?』と聞くと、その女性も『後ろから刺されました』と言います。1人目と同じように後ろから刺され、傷も深く、呼吸状態が悪い。止血に当たろうとしたのですが、女性が『血が止まらないんです』とすごく怯えた声で言いました。理由を聞くと、血液が固まりにくい抗凝固剤を飲んでいると言います。その状況での大量出血で、かなりまずいなと思いました」
「私がトリアージの責任を背負うしかないと覚悟を決めていると…」
2人のけが人がいて、ともに後ろから刺されている。2人とも重傷だが、同時に救急搬送することは不可能な状況で、西村さんは優先順位の決断を迫られた。
「どちらを先に搬送するか、ということを考えるとすごく怖い思いがしました。後で何らかの責任を負うこともあるかもしれないと頭をよぎったんです。しかし時間的な猶予もなく、私がトリアージの責任を背負うしかないと覚悟を決めていると、柔道整復師の男性が名乗り出てくれて、分担して止血作業にあたることができました」
2人の止血を終えて一息つく間もなく、警察官が近づいてきて「脈も呼吸もない、もっと重い方がいるので、見ていただけますか?」と西村さんに声をかけた。「嘘だろ……」と思いながらも、西村さんは警察官の肩を借りて交差点の南側へ。
すると、倒れている男性に対して、通りすがりの医師、救急救命士、看護師が処置に当たっていた。西村さんは民間資格があること、臨床工学技士であることを伝えて救命に加わった。
「人工呼吸に当たっていた医師が『男性が死戦期呼吸(心停止直後に見られる呼吸で、きわめて危険な状況)をしている』と言いました。出血をしているとAED(自動体外式除細動器)は効果が低いと言われているのは知っていたのですが、周囲の人に駅にあるAEDを持ってきてくれるようにお願いしました。できる手段は全部しておこうと思ったんです」