1971年(103分)/松竹/3080円(税込)

 中尾彬といえば、晩年はバラエティ番組への出演が目立っていたが、俳優として多くの方が印象を抱くのは、やはり「悪役」だろう。

 貫禄たっぷりの顔とシルエット、野太い声、ギラついた眼差し――全てにおいて押し出しの強さを感じさせ、多くのテレビドラマや時代劇などで主人公たちの前に立ちはだかってきた。ただ、彼の演じる悪役は、たとえば小沢栄太郎や安部徹が演じるような「頭の先から足先まで徹頭徹尾、揺るぎない悪」というのは意外と少なかったりする。

 強面な表側の一方、その裏側に巣くう不安や見栄といった「人としての小ささ」を奥底から醸し出す芝居が抜群に上手く、そのことが演じる役柄になんともいえない人間臭い魅力をもたらしていた。

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 今回取り上げる『内海の輪』でも、そうだった。悪巧みをしながらも不安に駆られ、それでもなおその心情を必死に隠そうとする――そんな、中尾彬の「追いつめられ芸」ともいえる名演を堪能できる。

 本作で中尾が演じるのは、元兄嫁の美奈子(岩下志麻)と不倫関係にある考古学者・江村だ。貞淑な働き者という「理想的な妻」である表向きと、江村に会った時だけそれをかなぐり捨てて性の愉悦に浸る美奈子。誠実でダンディなインテリ紳士に見せながら、理性を忘れて美奈子との関係に溺れていく江村。いずれも表向きと異なる二面性を潜めた役柄が、岩下・中尾の双方ともにハマり役だった。

 そのハマり具合は、終盤にさらに強まる。二人は瀬戸内海周遊の旅に出るのだが、初日からリゾート気分は吹き飛ぶ。伊丹空港で共通の知人である新聞記者・長谷(夏八木勲)に遭遇してしまったのだ。江村は大学の有力者の娘と結婚しており、将来を嘱望されている。これが露見したら、全てを失ってしまうのだ。江村は、美奈子の殺害を企てる。

 ここからが中尾の本領発揮だ。殺そうとしながら、目先の誘惑や己の小心さに負け、結局は手を下せない。そうやって堂々巡りしながら段々と追いつめられる江村の様が、「表向きはそう感じさせないが、実はオドオドしている」という中尾ならではの芝居で生々しく映し出されていく。

 一方の美奈子は江村との関係に全てを投げ出すようになり、それにつれて岩下の演技は狂気すら放つようになる。その潔いまでに常人を超越した様は、ひたすらウジウジし続ける江村を演じる中尾の醸す卑小なまでの人間味により、一段と際立つことになった。

 先日、中尾彬は惜しくも亡くなった。「名悪役」という言葉だけでは片づけられない、その演技の妙味。この機会に改めて触れてみてほしい。