1970年(100分)/東映/3080円(税込)

 東映京都撮影所を中心に長年にわたって活躍してきた、映画美術の第一人者・井川徳道が亡くなった。

 井川は多くの時代劇やヤクザ映画で見事なセットを設計してきた。中村錦之助が主演した「一心太助」シリーズの魚河岸、『十三人の刺客』の要塞化した宿場町、『忍者狩り』のピラミッドを意識したという霊廟、『伊賀忍法帖』の焼け残った大仏の手など、東映京都作品で強いインパクトを残す美術の大半は、この方の手によるものである。

 まさに、名人だ。

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 今回取り上げる『緋牡丹博徒 お竜参上』は、「井川の匠の技」を堪能できる一本だ。

 本作は背中に緋牡丹の彫物を入れた侠客・矢野竜子(藤純子)が活躍するシリーズの六作目で、舞台は浅草だ。六区の興行を巡り、鉄砲久(嵐寛寿郎)一家と鮫洲政(安部徹)一家の抗争が描かれる。

 ここで井川は関東大震災前の浅草ならではの、ハイカラさと下町の猥雑を合わせもった街並みを建設した。そしてキーになっているのが、十二階建ての塔・凌雲閣だ。屋内ステージに建てた一階・二階部分だけの実物大セットに加え、書き割りやミニチュアも駆使しながら、さまざまな場面の背景に映り込ませ、往時の風情を創出したのだ。

 中でも強い印象を与える場面が、二つある。

 一つ目は物語中盤。渡世人の常次郎(菅原文太)とお竜が別れる、今戸橋の場面だ。降りしきる雪の中、橋の上で語り合う二人。傘を差すお竜と、去っていく常次郎。「これぞ任侠映画の様式美」という、浮世絵から飛び出してきたような画(え)が映し出されるのだが、その二人の背景にポツンと建つのが、凌雲閣なのだ。

 実際にはこの今戸橋のアングルから凌雲閣は見えない。だが、本来なら見えるはずの街並みを削除し、見えないはずの凌雲閣だけを配置するという空間のデフォルメが抜群の効果をもたらすことになる。これが屋内ステージのセットならではの作り込まれた質感と見事に合わさり、その非日常性のもたらすファンタジックさが、二人を包む世界のロマンを増幅させたのだ。

 そして、二つ目はラストだ。悪事を尽す鮫洲政に堪忍袋の緒が切れたお竜は果し合いを申し込む。そして鮫洲政が待ち受ける決戦の地が、凌雲閣だった。そうなると今度の舞台は建物内のセットになる。

 圧巻は、最後の闘いの場となるバルコニーだ。白い石造りのモダンなセットと、和装の男女による死闘というギャップ感たっぷりな画が、浅草の情感を見事に捉えていた。

 豊かな設計により作品に彩りを与えた名人に、改めて敬服の気持ちを伝えたい。