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連載春日太一の木曜邦画劇場

あの傑作映画の「パクリ」に非ず。独創的、刺激的創作に溢れている!――春日太一の木曜邦画劇場

『隠密侍危機一発』

2023/10/17
note

 今回は『隠密侍危機一発』を取り上げる。前回に続き、山下耕作監督が若手時代に撮ったモノクロの時代劇だ。

 舞台は信州高遠藩。江戸詰めだった藩士・秋月慎次郎(丹波哲郎)が素行不良を咎められたという理由で国表ヘと「左遷」されてくるところから、物語は始まる。

1965年(87分)/東映/U-NEXTにて配信中

 藩では江戸家老(二本柳寛)と国表の城代家老(内田朝雄)が世継を巡り対立していた。だが、その最中に藩主が急死してしまう。城代は自身の息子を藩主の娘・菊姫(藤純子)の婿とし、新たな藩主に据えようと画策。姫を拉致して城内に閉じ込めてしまう。汚職の限りを尽くして藩政を我が物にする城代一派に対し、「誠忠組」を名乗る若い藩士たちが決起、姫を奪還せんとする。秋月も若者たちに与することになった。

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 理想に燃えるも直情的で危うい若侍たち。策略と剣をもってそれを助ける豪傑の侍。さらに相手側には知勇兼備の腹心までいる。この構図はまさに、この三年前に作られた黒澤明監督の傑作『椿三十郎』そのものである。しかも、全てが決着した後で主人公と腹心が決闘する展開も同じだ。

 だからといって、本作は「パクリ映画」と侮れるような内容ではない。さまざまに盛り込まれた刺激的な創作の数々により、オリジナリティあふれるエンターテイメントになっているのである。

 中でも印象的なのは、大がかりな攻城アクションだ。姫の奪還に成功した秋月たちは、城内の櫓に立てこもる。城代の腹心・佐倉(内田良平)は大軍勢を率いて殺到、一気に攻めかかっていった。

 この攻防戦が、なかなかに壮絶だった。秋月は櫓に仕掛けを施して、城代方の大軍勢を迎え撃つのである。その迫力はまるで、『十三人の刺客』を彷彿とさせる。また、『椿三十郎』では右往左往するばかりでほとんど役に立たなかった若者たちが、本作では大奮戦。秋月とともに激しく斬り込み、多勢に無勢ながらも敵を撤退に追い込む。

 登場人物たちも、それぞれに魅力的だ。丹波が江戸弁を粋に使いこなしたことで、豪快なだけでなく軽やかで爽やかな人物として映る秋月。戦いを通して、凜と成長していく菊姫。佐倉への恋慕と、誠忠組に参加した弟(河原崎長一郎)との間で葛藤する、ゆき(桜町弘子)。そしてなんといっても、佐倉である。

 秋月とは幼馴染みの間柄なのだが、足軽の軽輩から出世するために手を汚し続け、城代が悪だと知りながらも忠誠を尽くす。そんなニヒルな男が、葛藤を覆い隠すような内田良平のクールさもあいまって、一筋縄ではいかない人物として映し出されていた。

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