今回は『江戸犯罪帳 黒い爪』を取り上げる。
隅田川に三姉妹の惨殺死体が上がるところから、物語は始まる。深川の賭場に出入りしていた四人の遊び人が捕まり、深川見廻り同心(西村晃、加藤嘉ら)の激しい拷問を経て、死罪と決まった。だが、若手同心・高倉(松方弘樹)が新たな証拠を探し出したことで他に犯人がいる可能性が浮上。再捜査の結果、思わぬ犯人が浮かび上がる――。
展開自体は、オーソドックスな捕り物の内容ではある。それでも、演出・設定・構成・演技・美術、それぞれの巧みさにより、見応えのある出来映えに仕上がっていた。
監督は山下耕作。『関の彌太ッペ』『博奕打ち 総長賭博』など、情感と情念の世界を得意とすると思われがちだが、本作は珍しく、どこまでも乾いたハードボイルドタッチ。小伝馬町の牢の廊下の濡れた石畳が、暗闇の中に妖しく光る――そんな冒頭から、不穏な迫力に満ちる。
また、高倉一人の活躍を描く、ヒーローものにしていない、高田宏治&中島貞夫の脚本も見事だ。現代劇の刑事ドラマのように同心たちはチームで動き、それぞれ特徴ある人物として描かれるし、各々の見せ場も用意されている。
「刑事ドラマ」的という点では、「深川見廻り同心」という設定もそうだ。彼らは奉行所勤めの同心たちより一段下の立場に置かれている。これが刑事ドラマにおける「本庁のエリートVS所轄の叩き上げ」と同じ関係性を生み、現場を生きる者たちの意気地を伝えることに成功した。
舞台となる深川の描き方も素晴らしい。川によって江戸市街と隔絶された世界で、アウトローたちの暮らす無法街。住人たちはひたすら秘密を守り抜き、潜入した同心たちを集団で排除にかかるのだ。
その恐ろしさ、不気味さを伝えるのが、街並みのセットだ。軒を連ねる長屋群から路地裏まで、徹底して貧しく汚く作り込まれ、悪党が巣くうスラムとしての荒んだ様がリアルに映し出されていた。
そしてなんといっても役者陣だ。中でも圧巻は西村晃。序盤の拷問シーンでの冷酷に容疑者を追いつめる様や、高倉に厳しく当たる姿を見ていると、「ああ、いつもの蛇のような西村晃か」と思うところだ。が、再捜査を上層部に懸命に掛け合ったり、同心としての生き方を高倉に諭したり、的確な指示で捜査を進めたり――。実は仕事熱心な人情家だと徐々に分かってくる。その人間の表裏の機微を完璧に表現していたのだ。
加藤嘉、金子信雄、浜村純といった名優たちも存分に活かされていて、隅々まで楽しむことのできる作品だ。