1969年(142分)/東映/3080円(税込)

 新刊『文藝別冊 高倉健』(河出書房新社)では、関係者二十八名にインタビューした他、俳優としての高倉健の魅力について、計約四万字をかけて多角的に検証した論考も寄稿している。

 その中には、高倉健の殺陣について掘り下げた稿もある。

 本連載で少し前に述べたことでもあるが、高倉健の殺陣の特徴は、その大きな体躯を活かしている点にある。堂々たる体格の高倉健が、長ドスを大きく振りかぶって斬りかかる。その結果としての動きのダイナミックさが、生来の三白眼のもたらす殺気や、隆々とした肉体から放たれる怒気と合わさり、ド迫力の殺陣として映し出されるのだ。

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 多くを語らず、観る者に感情を伝える。そんな「寡黙にして武骨」な「健さん」のパブリック・イメージの根幹ともいえる芝居のスタイルは、こうした殺陣表現を通して身につけていったとすらいえる。

 ダイナミックな殺陣の魅力は『昭和残侠伝』シリーズの三作目以降で特に堪能できるのだが、軍人役でも発揮されている作品がある。

 それが、今回取り上げる『日本暗殺秘録』だ。

 桜田門外の変から二・二六事件までの、日本の近代史に登場した実際の暗殺事件の数々をオムニバス形式で追った作品である。当時の東映のオールスターたちが暗殺者たちを演じており、高倉健もいる。

 本作のメインは千葉真一、田宮二郎、片岡千恵蔵、藤純子が顔を揃える「血盟団事件」編と鶴田浩二の「二・二六事件」編で、多くの時間がこの二つに割かれている。

 高倉健は、陸軍省内で軍務局長の永田鉄山を殺害した相沢三郎中佐を演じる。

 スタートから強烈な殺気を放って登場。永田の前に現れるや、いきなり大きく振りかぶって、力任せに軍刀を斬り下ろしていく。そして、背中を見せて逃げ惑う相手を、最後は凄まじい怒気をもって刺し殺す――。たった、これだけの出演である。このパートは暗殺シーンだけのため、出演時間は五分にも満たない。

 セリフは「天誅!」のみだし、そこに至る経緯や心情描写などの芝居場も一切ない。それでも、この短い時間の暗殺シーンだけで相沢の爆発した怒りは存分に伝わってきた。刀を振るう――、その動きだけで、感情を表現してのけているのである。それだけの迫力が、この殺陣にはあった。

 高倉健は、セリフ回しは上手くはないし、役に応じて人物像を変化させる技術もない。

 だが、殺気や怒気、それから侠気。そうした「気」を動きや佇まいの中に伝えることに関しては、唯一無二といえる表現力があった。

 彼もまた「名優」なのだ。

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